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一日目

まだノートを開く勇気が出なかった。


だがこれも、アカシックレコードにとっては予定調和だろうな。


『九月二日七時十八分 襲はノートに手を出すも引っ込める』


そう書かれているのだろうか。


僕は何度も机の上のそれを眺めていた。

開く勇気はなかった。ただ、どうしても見ることをやめられなかった。

活字を見つければ瞳に収め、貼り紙を見れば無意識に脳へ焼き付き、意味を拾う。


それはもう癖というより、呼吸の延長だった。

だからこそ、ノートの沈黙が耐えがたかった。


そこに文字があるのに、見ないでいることそれ自体が僕にとっては拷問だった。

ページの厚みの向こうに、まだ僕の知らない世界が潜んでいる気がした。


それを放っておけるほど、僕は強くなかった。

未来がわからないことへの恐怖が、未来を知ってしまうことの恐怖に打ち勝った。


手が勝手に動いた。


ノートを開くという行為は、意図的でも偶然でもなかった。

それは、言葉に取り憑かれた人間の脊髄反射だった。


ページの端が擦れ、世界の色が変わった。


少なくとも今日の記録すべてが、時間通りに起こった。恐ろしいほど自然に。


ノートを燃やそうとした。


だが火は途中で消えた。


破ろうとしてもページは破れず、僕が破ろうと「思う」その行動すら、すでに次のページに書かれていた。


その瞬間、僕は悟った。


これは未来を予知するノートではない。


世界を記録するノートだと。


僕は文法的な存在にすぎなかった。

意思など錯覚。感情はノイズ。

だが、その錯覚とノイズこそが、僕の唯一の人間だった。


僕の頭は、見たものを一言一句記録する。

フォトグラフィックメモリー。

すでに記載された歴史であるアカシックレコードではなく、ただ記録するだけの異物だった。


だからノートを閉じても無駄だった。

全ページは、すでに僕の中にある。

寝ても歩いても、頭の奥で行が滑らかに連なっていく。


『襲は眠れず、呼吸の数を数える』

『襲は生きる意味を考え、考えることに疲れ、何も感じなくなる』


自分の死因を読み上げているようだった。


世界は美しい。だが僕には、死因の羅列に見えた。

空の青は波長、風の匂いは揮発分子、涙は表面張力の崩壊。

すべては物理的記録。


僕は、自分の内側が存在しないことに気づいた。


ノートには内面が一行もない。


書かれているのは外側だけ ___動作、出来事、物理的事実。


つまり、僕の心はこの宇宙に存在していない。


その気づきから、僕はどんどん虚ろになっていった。


言葉を話すたび、声が他人のように響く。


僕は生きているのではない。


書かれているのだ。


最終ページを見つけた夜。

眠れぬまま指が震えていた。

読むことは、生み出すことだ。

視線を通す瞬間、世界は確定する。


読まなければ、世界は止まるのか。


僕はノートを閉じた。


だが、脳裏に死への未来図は焼き付いていた。

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