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プロローグ

「そういえば、記録という言葉には、昔から妙な物語がつきまとうんだ」


生徒たちは一斉に手を止めた。それがまた、先生恒例の与太話の前触れだと知っているからだ。 僕は脳を休めるように、そっと目を閉じた。


「アカシックレコードって聞いたことあるかな?」


その響きが、黒板に書かれた暗記事項よりも深いところへ沈んでいくのがわかった。さっき習った文字列が霞み、その上にゆっくりと上書きされる。僕は目を開けた。


「語源はサンスクリット語のākāśa(アーカーシャ)。意味はくうだ。何もないようで、すべてを包む空間。古代インドでは、世界は地・水・火・風・空の五要素から成ると考えられていた。その中でも空は、音や思考が響く場所とされたんだ」


先生は黒板に五つの円を描き、その最外にくうの円を大きく囲った。また余計な知識が脳に刻まれてしまったな、と僕は思った。


「つまりアカシックとは、あらゆる存在の土台となる情報の場を意味する。宇宙のバックアップみたいなものだな」


先生は軽く微笑み、黒板の中心に「情報」と書き、その上から「存在」と重ねる。


「つまり私たちが『現実』と呼ぶ存在は、情報の読み出しにすぎないかもしれない。そう考えると、アカシックレコードはただの神話ではなく、古代人が感じ取っていた宇宙のメモリの比喩なのかもしれない」


先生はチョークを置き、黒板の文字を見つめた。 重たいため息をついた。その声が少し低くなる。


「でもな、もし世界が記録でできているなら、君たちの自由はどこにあると思う?」


テロリストの銃声が鳴り響いたかのように教室が静まり返った。時計の針が、やけに大きなリズムを刻んでいた。


「すべてがアカシックに書かれているなら、この授業も、君たちの笑いも、すでに予定されたページの一部だ。だが__」


先生は黒板の隅に音も立てず音速で書いた。


『記録に抗う意思が、記録を拡張する』


「私はそう思っている。君たちが書かれた運命の外に出ようとする瞬間、アカシックレコードは新しいページを生む。それが人間の特権なんだ」


チャイムが鳴り、生徒たちはざわめきながら教室を出ていった。先生は黒板を消さずに立ち尽くしていた。 窓の光が、残った粉の中で揺れていた。


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