第93話 最終決戦(前編)
最終章:エストリプス銀河最大惑星『ノワリクト』最終決戦編
石壁に反響する靴音が、重苦しい空気を震わせた。
螺旋の通路を駆け上がる足音が二重三重に重なり、ほどなくして戦いの痕を纏った二人の姿が現れる。
「うぉっい!! どうなってんだ!」
肩で荒く息を吐きながら、イクサが声を張り上げた。彼の拳は裂け、血の飛沫が乾いて固まっている。その後ろから、長い剣身を背に携えたヒョウガが現れた。髪は汗に濡れ、瞳は鋭く周囲を探る。第二層での死闘を乗り越え、なお戦意を剥き出しにした姿だった。
さらに背後の影から、二つの大きな影が浮かび上がる。
マリウスとクレイグ。第一層で複数同位体と交戦していた二人もまた、傷だらけになりながら追いついてきた。
仲間たちは次々と合流し、エリムスの間へと続く大広間に再び集結する。そこには、すでに致命傷を負ったルキと、重症を抱えるヒューベルトの姿があった。血の匂いが濃く漂い、胸を締めつける。
「おい! ルキ、大丈夫か!」
「ヒュー! お前まで!」
駆け寄ったマリウスとクレイグの声が、張りつめた空気を震わせる。地に伏す仲間の姿を前に、焦りと怒りが入り混じった声だった。
「おい、戦況はどうなってるんだ?」ヒョウガが低く問いかける。
その一瞬の間を断ち切るように、コルトが鋭い声を張り上げた。
「マリウス、クレイグ! お前たちは致命傷のルキと、ヒューベルトを抱えて艦へ戻ってくれ! このままじゃ命に関わる!」
「待てコルト! 俺はまだやれる!」
ヒューベルトが血に濡れた手で傷口を押さえ、よろめきながら立ち上がる。だが足は震え、吐息は荒い。
「そんなふらふらで何ができるってんだ! お前は白キ戦艦のキャプテンだろ! 簡単に命を捨てんじゃねぇ! お前のおかげで生きてられる人間たちだっているんだ。悔しいかもしれねぇが、今退くことがお前の最善策だ!」
コルトの叫びが大広間に響き渡る。
ヒューベルトは唇を強く噛みしめた。悔しさを押し殺すように目を閉じた瞬間、マリウスが無言で肩を貸し、クレイグはルキの身体を抱え上げる。
「……くっ!」
それは敗北ではなかった。ただ、命を繋ぐための撤退。だが、その選択の重さはヒューベルトを苦しめる。
「ミルト、ハリー、そしてアゲハ……すまねぇがマリウスとクレイグをサポートして出口まで行ってくれ。まだ複数同位体どもがうろちょろしてやがるだろう。ふたりを抱えたままじゃ、戦うのは難しい」
コルトの言葉は命令ではなく、信頼に満ちた依頼だった。
「ちょっと待て! お前やナコはどうするんだ!」ミルトが声を荒げる。
「私たち五人はずっと一緒に旅してきたじゃないの! なんでっ!」アゲハが涙をにじませて叫ぶ。
「だからこそだ! 考えたくもねぇが、最悪……もうお前たちとは会えなくなるかもしれねぇ。その時には、お前たちに意志を継いでほしいんだ。お前たちを信頼しているからこその頼みだ。聞いてくれ!」
コルトはしっかりとした声で叫ぶ。その眼差しには深い覚悟と寂しさが滲んでいた。
「ナコはっ!」アゲハが縋るように名を叫ぶ。
「ごめん。私は戦いにいくよ。私とコルトは、真実を知ってる。エリムスと……ジャコウさんからすべてを聞いたから」
ナコの声は揺るぎなかった。
「ジャコウ……兄、さんからって……兄さんと会ったの? リムスタング以降にどこかで!! なんで、聞いてないよ! なんでっ!」
アゲハの声が悲痛に響く。
「アゲハ……すまねぇ。ジャコウはもう……」コルトが口を挟む。
「戻ったら、全部ちゃんと話すから……ごめん」ナコもまた続けた。
「ど、どういうこと……なの……」アゲハは力なく床に座り込む。その手を掴んで、ハリーが強い声をかけた。
「帰ったらたっぷりと聞かせてもらおうか……絶対に生きて戻ってこい!」
「ああ。約束するぜ」コルトの言葉は短くも、確かな誓いだった。
ハリーを先頭に、アゲハを手で引き、ミルトが周囲を警戒しながら走る。中心には、マリウスとクレイグが重傷者を抱え、血の道を踏みしめながら出口へと向かった。仲間たちの姿が背後に遠ざかる。
「っで! 俺らを残した理由、ちゃんとあんだろ?」
拳を鳴らしながらイクサがコルトに向き直る。
「俺たちの力が必要……そういうことだろう」ヒョウガは無造作にガンブレードを構え直し、視線を横に流す。そこに立つのは、ラークラ。長い黒髪が陰鬱に揺れ、その瞳に宿る影はなお消えぬままだ。
「……これも導かれし運命ということか」ラークラが静かに呟く。
「ああ。お前から聞いたゼロの可能性。俺たちの力で百パーセントに押し上げてやるよ」コルトが一歩踏み出し、声を張った。
「この先には悪魔がいる。名前の通りの化け物だ。俺とイクサ、ヒョウガはサポートに回る。この可能性のキーパーソンは、ラークラと……ナコだ。失敗すれば……世界は終わると思っておけ」
コルトが手を差し出した。
その掌に、仲間の覚悟が重なる。
「うっし! 文字通り世界の命運が俺たちにかかってるってことかよ」イクサが豪快に笑い、手を重ねる。
「そそられるな……勝ち取ってやろう」ヒョウガの声は低く静かだったが、瞳は燃えていた。
「……すまないな」ラークラが低く呟きながら、その手に重ねる。
「絶対に! この世界を終わらせたりさせないから!」ナコが叫び、掌を重ねた。
「いくぞ! 正真正銘、最後の戦いだ!」コルトの声が天を突き上げる。
「うっしゃぁぁぁぁ! やってやんぜ!!」イクサの声が響いた。
全員の手のひらが天へと掲げられる。 決意が一つとなり、最後の歩みが始まった。
悪魔の待つフロアへ。
最終決戦の幕が、いま上がる。
第94話『最終決戦(中編)』に続く。




