第92話 悪魔エリムス(後編)
最終章:エストリプス銀河最大惑星『ノワリクト』最終決戦編
鋭い眼差しを向けて立ちはだかるナコに、ラークラは片眉をわずかに上げ、低い声で問うた。
「……何の真似だ?」
「あなたが今からしようとしていることは、ただの自殺行為。今まで散々この銀河の人たちを苦しめておいて、死ぬことによって解放されようとするなんて……それは罪滅ぼしでもなんでもない。自分に酔っているだけの、本当にただの自己満足」
ナコの声は揺るがなかった。言葉のひとつひとつに、烈火のような感情が込められていた。
「……あぁ。お前の言う通りだろう」
ラークラは静かに応じた。冷ややかな口調の裏に、諦観と疲弊がにじんでいる。
「だが、私一人が生きていようが、いまいが、この星の運命は変わらない。どけ!」
手でナコを振り払い、進もうとした瞬間、その肩をコルトががっしりと掴んだ。
「待て! なんでお前が『地球』のこと、『レスポリア』のことを知ってる? 結晶体、神器、二千年前から続いている『事』をだ?」
ラークラの瞳が一瞬だけ揺らぐ。答えを探すように、沈黙が落ちた。
「銀河政府はその歴史を知っているのか? 俺たちは、エリムスと……ジャコウからその話を聞いて初めて知ったんだぞ」
「に、兄さんからって?」
アゲハが声を上げる。しかしコルトは反応せず、目を細めて続けた。
「おかしいだろ? その歴史を全て把握してたんなら、ストラトバティスやグリムジャガーのように結晶体を放置なんてしてるはずがない。それに、リムスタングだって十年前にドギガイズが来るまでは放置されていたんだ。……エリムスから聞いたって感じじゃねぇんだろ?」
「…………」
沈黙を破り、ラークラが低く言葉を吐き出す。
「さあな……誰がどこまで真実を知っていたのかは知らない。いや、正確な歴史を完全に把握していたのは、私くらいだろう。リリークスでさえ、放置されていたバルエクスの実験施設を二十年程前から管轄していただけだ」
「その正確な歴史の知識を……お前はどこで手に入れたんだ?」
ミルトが口を挟む。鋭い視線で。
「お前たちが銀河中央図書館に忍び込んだ日……どうして、筆頭秘書官だった私が、あそこにいたと思う?」
「……アゲハを救出した、あの日のこと……」
ナコが記憶を掘り起こすように声を出した。
「通常の管轄ならば、中央図書館は最高位司書であるリリークスの領分だ。だが、あの頃にはやつはバルエクスでの人体実験に夢中でな、星を留守にすることが多かった。私はジザーランド様の命を受け、やつが不在の際の管轄を任されていた」
「だからあの時、リリークスじゃなくて……お前が出てきたのか」
コルトが唸るように言った。
「だが私は失態を犯し、エリムスとジャコウによって『神格の間』の神器――漆黒の結晶体を奪われてしまった」
「漆黒の結晶体……『禁書』か」
ミルトが息を呑むように呟いた。
「……違う」
短く放たれたラークラの言葉に、その場の空気が凍り付く。
「漆黒の結晶体は『禁書』ではない」
仲間たちがざわめき、コルトが声を荒げた。
「ちょっと待て! 漆黒の結晶体が……『禁書』と呼ばれていたんじゃないのか?」
「『禁書』とは……すべての歴史の真実が刻まれたアーカイブ。漆黒の結晶体が鎮座していた祭壇の結晶石に記録されていた……知識の海のことだ」
「おいおい……それじゃあ」
コルトの驚愕が声ににじむ。
「知識の海。私は漆黒の結晶体が盗まれた後、『神格の間』で、たまたまその記録に触れることになった。頭の中には膨大な知識と歴史が流れ込み、全ての真実を知った」
「そ、そんなことって……」
ナコの声が震えた。
ラークラは再び階段をゆっくりと上り始める。背中に決意の影をまとって。
「安心しろ。無策ではない……限りなくゼロに近い可能性というだけだ」
コルトが再びその肩を掴んだ。強く、食い入るように。
「俺らは往生際が悪いんでね……聞かせてくれよ。そのゼロの可能性ってやつをよ」
第93話『最終決戦(前編)』に続く。




