第91話 悪魔エリムス(中編)
最終章:エストリプス銀河最大惑星『ノワリクト』最終決戦編
瀕死のルキ、肩を噛み千切られ鮮血にまみれたヒューベルト。その眼前で、悪魔と化したエリムスが醜悪な笑みを刻むように咆哮した。
「グギャエツヂチギグバビビェッ!」
耳を裂く声と同時に、うねるように伸びた無数の触手が、天井も壁も床も覆い尽くす勢いで迫り来る。
「おい! ナコ、一旦ここから出るぞ! このままじゃ勝ち目がねぇ!」 コルトが怒声を張り上げる。
「トルネードッ!」
ナコは魔杖銃を振り抜き、風の渦を生み出して襲い掛かる触手を薙ぎ払う。だが迫り来る闇は止まらない。
「待って! でもルキさんやヒューベルトさんは!」
「ルキは俺が抱えて走る! ヒューベルト、お前は……」
コルトが視線を向けると、ヒューベルトは血を噴きながらも唇を歪めた。「く……問題ない! 走る事くらいはでき……る、だろう」
肩からあふれ続ける鮮血を押さえ、ふらつきながらも立ち上がるその姿に、ナコの瞳が揺れる。
その瞬間、悪魔エリムスが再び咆哮を放った。
「グギャエツヂチギグバビビェエエ!」
中央の顔が歪み、触手が波のように襲い掛かってくる。
「魔杖銃合成術・トルネードフレイムッ!」
ナコが魔杖銃を回転させ、火炎と竜巻を重ね合わせた奔流を振り抜く。烈火は触手を切り裂き、灼き尽くした。
「今だ! 扉まで走れ!」
ルキを抱えたコルトが叫び、ナコとヒューベルトも後に続く。
だが次の瞬間――。
「グギャエツヂチギグバビビェェ!!」
絶叫がフロア全体を震わせ、爆風のような衝撃波が奔る。炎も竜巻もかき消され、ナコたちは扉へ駆け出した直後に吹き飛ばされた。
「ぐあぁぁぁッ!」
三人は扉から押し出されるように宙へ舞い、階段を転げ落ちていった。
「ナコ!?」
階下のフロアでラークラと対峙していたアゲハが、驚愕に目を見開いて駆け寄る。
その瞬間、ミルトとハリーの攻撃を受け流していたラークラが、ふわりと床へと舞い降り、構えていたカードを懐へと収めた。まるで戦意を解いたかのように。
「ラークラ!?」
対峙していたミルトが思わず声を上げる。
ラークラは低く、諦観を帯びた声で言った。
「……こうなってしまった以上、我々の戦いなど無意味だ。この星、いや銀河全てに等しく終焉が訪れるだろう。エストリプス銀河全ては、エリムス様……いや、エリムスによって飲み込まれ……消える」
「待て! エリムスは……あいつは一体何をしようとしているんだ?」
ハリーの問いに、しばしの沈黙ののちラークラが口を開いた。
「あれはもはや人ではない。三つの結晶体の力に、二つの神器。初めから人間一人に扱えるものなんかじゃなかった。エリムスは力を過信し過ぎた……結晶体の全てを、自分だけのものにしようとし、融合した。その結果が……あの醜悪な自我を持たぬ悪魔の姿だ」
ラークラは階段を転げ落ちてきたコルトたちへ素早く近付く。懐から一枚のカードを抜き放ち、掲げた。
「刻時の獄!」
光がほとばしり、ルキとヒューベルトの身体を包む。
「てめぇ! 何しやがった!」
コルトが怒声をぶつけるが、ヒューベルトが驚愕の声を漏らす。
「いや、待て……肩の血が……止まった、だと」
「止めたわけではない。時間の流れを遅くしただけだ。これで傷口が悪化するのを少しは遅らせられる。そこの瀕死の男も同じだ。すぐにここから出て治療を行え。命は……助かるかもしれん」
「ラークラ……お前、どうして?」
コルトの問いに、ラークラは静かに言った。
「悪魔と化したエリムスを止めることはできない。遅かれ早かれノワリクトは消滅する。二千年前に、地球という名を奪われレスポリアとなった時から……きっとこうなることは決まっていたのだろう」
扉の奥からは、なおも咆哮が絶え間なく響いている。
ラークラはゆっくりと階段を上り始めた。
「おい! お前、どうする気だ?」
コルトが叫ぶ。
「いずれこうなることは分かっていた。分かっていても私は止められなかった。……いや、ジザーランド様も、ドギガイズもリリークスも、エリムスも。誰もがその力と権力に溺れ、エストリプス銀河を私物のように扱った」
歩みを止めず、ラークラは続ける。
「これは、その中心にいた最後の一人となった私の、せめてもの罪滅ぼしだ……いや、自己満足かもしれんな。ノワリクトから出て銀河の果てまで逃げれば、せめてもう少しは生きられるだろう。お前たちは行け……」
「ふざけないで!」
階段を上るラークラの前に、ナコが立ちはだかっていた。鋭い眼差しを向け、震えることなく声を張った。
第92話『悪魔エリムス(後編)』に続く。




