第90話 悪魔エリムス(前編)
最終章:エストリプス銀河最大惑星『ノワリクト』最終決戦編
豪奢な扉が軋むような音を立てて開いた瞬間、ナコたちの視界に広がったのは、この世のものとは到底思えぬ地獄の景色だった。
広大に開けたフロア一面に、赤黒い肉塊のようなものが脈打ち、壁も天井も有機的に蠢いている。腐臭と焦げ臭さが混じり合った悪臭が押し寄せ、思わず喉がひっくり返りそうになる。
その中心に――人ならざるものへと変貌したエリムスがいた。
巨大な顔が宙に浮かび、血のように赤い眼窩が妖しく光る。異形の胴体は醜悪な肉の塊で形成され、そこからは数本の触手がうねりを上げて空間を切り裂いている。背には漆黒の羽が三枚連なり、さらにその後方では金色の輪が無数に並び、不気味な音を立てて回転していた。
さらに中央の顔の上、右、左には苦悶に歪んだ仮面のような顔が張り付いており、そこからは絶え間なく悲鳴のような呻き声が響き渡っていた。
「な……なんだこいつは……」
ヒューベルトの声は震え、刃を握る手から力が抜けかける。
「ひ、気持ち……悪い……」
ナコは喉を押さえ、吐き気に耐えながら後ずさった。
「なんだよこの……耳を裂くような声……勘弁して、くれ……」
ルキは膝をつき、耳を塞ぐ。顔は蒼白で、額から冷や汗が滴った。
「何を……しやがったんだよ……」
コルトも呻き声を漏らし、銃を握った手が震えている。
「グギャエツヂチギグバビビェグゥゲェギギャ!!!」
咽び泣くような、怒号のような、人ならざる不快の塊が迸った。音が空気を侵し、恐怖となって心臓を締め上げる。
ヒューベルトも、ルキも、コルトも、ナコも――膝を折り、体が硬直して指一本動かせない。頭の中が真っ白に染まり、ただうずくまるしかできない。
その無力な彼らに向かって、悪魔エリムスの触手が迫る。
「う、うわぁあぁあああああああ!!!」
狂乱の声をあげたのはルキだった。避けることすらできず、その胸を触手が貫いた。
鮮血が撒き散り、ルキの体が宙に吊り上げられる。
「ルキさんっ!!!」
ナコの絶叫も虚しく、彼女自身にも触手が伸びる。
「キバボキュガグベガギュゲギギガギュグヘヘガギィ!!!」
耳を裂くような絶叫とともに、触手がナコの身体を絡め取る。
「いやぁぁああああああ!!」
「く、うぉぉぉぉぉおおおおおお!!!」
喉を震わせ、己の心臓を叩き起こすように咆哮をあげたのはヒューベルトだった。
一歩。重圧を切り裂くように踏み出す。
「うおぉぉりゃぁああ!!」
カットラスが閃き、ナコを捕らえていた触手を一刀の下に斬り裂いた。
「グギャギグベギャァァァ!!!」
エリムスの顔が裂けるように咆哮し、ナコは転がりながらもなんとか体勢を立て直す。
コルトも我に返り、フリーズガンを握り直した。
「やべぇぞ! こんなんどうやって闘う!?」
「わからん! だがまずはあの中心の顔を潰す!」
ヒューベルトは血走った眼を上げ、叫ぶや否や飛び出した。
「巨大な分、的は狙いやすい!!!」
跳躍。逆手に持ったカットラスを構え、中心の顔めがけて突き立てようとする――。
だが、数本の触手が鞭のようにしなり、ヒューベルトを弾き飛ばした。
「くそがぁぁ!!!」
コルトが歯を食いしばり、フリーズガンを放つ。氷弾が中心の顔を狙い撃ったが――目前に炎が燃え盛り、氷を瞬時に溶かし尽くす。さらに別の触手が水刃の竜を形作り、コルトへと襲いかかる。
「トルネードッ!!!」
ナコが魔杖銃を振り抜き、嵐の竜巻が巻き起こる。風の奔流が水刃の竜を切り裂き、霧散させた。
弾き飛ばされたヒューベルトは、宙で身を捻りながら体勢を整える。
「無限刃舞――!!!」
叫びとともに、無数のカットラスが空中へと解き放たれた。刃は意思を持つかのように旋回し、触手へ群がって切り刻む。
空いた視界の向こうに、中央の顔が再び姿を現した。
「もらったぁぁぁぁ!!!」
跳躍したヒューベルトが二本のカットラスを交差させ、渾身の奥義を叩き込む。
「破壊十字刃陣――!!!」
閃光が十字を描き、悪魔の顔を両断しようと迫る――。
だがその瞬間。
中央の顔の周囲にあった苦悶の仮面が、一斉に集まり巨大な仮面へと変貌した。
大口が裂け、牙のような刃がヒューベルトの肩を噛み千切る。
「ぐあぁぁぁぁあああああ!!!」
鮮血が弧を描き、ヒューベルトは床に叩きつけられた。
追撃の触手が唸りを上げて襲いかかる。
「させないッ!」
ナコが魔杖銃を構え、トルネードの奔流で触手を薙ぎ払う。
コルトが隣で息を荒げ、呻く。
「……こりゃ、まじでヤバいかもしれねぇな……」
血の臭気に満ちる空間で、悪魔エリムスの中央の顔が歪んだ笑みを浮かべていた。
第91話『悪魔エリムス(中編)』に続く。




