第89話 ラークラ
最終章:エストリプス銀河最大惑星『ノワリクト』最終決戦編
第三層へと足を踏み入れた瞬間、ナコの瞳は思わず大きく見開かれた。
先ほどまでの陰鬱で鉄錆の匂いが立ち込める空間とは、あまりにかけ離れた光景が広がっていたのだ。
広大なフロア一面には金色と紅の絨毯が敷き詰められ、壁面には荘厳な柱と天井を飾るシャンデリア。宝石のように煌めく光が、きらびやかに床や天井へ反射している。まるで銀河の大貴族が住まう屋敷に迷い込んだ錯覚を覚えるほどだった。
だが、不気味だったのは――あれほど大群で蠢いていた複数同位体の気配が、影すらも見えないこと。
「どういうこった? 急に雰囲気が変わりやがった」
コルトが低く唸り、周囲を見渡した。
「複数同位体もいない……兵隊の気配すらないな」
ハリーは銃口を揺らし、慎重に視線を巡らせた。
「ねぇ……奥、見て」
ナコが指差す先。
階段の上にそびえるのは、巨大にして重厚、そして異様なまでに豪奢な扉。黄金と黒曜石が編まれたその扉からは、目に見えぬ圧力が押し寄せてくる。
「絶対、あそこにいるよね……」
アゲハが小さく呟いた声は、豪奢な広間に吸い込まれて消えた。
「考えていても仕方がない! 向かうぞ、十分に注意しろ!」
ヒューベルトの言葉で全員が身を引き締める。
走り出したその先――階段の下に、一人の影が立ち上がった。
「……来たのか」
長身の男。冷徹な双眸と、黒衣の裾を揺らして立ち塞がるその姿を見た瞬間、コルトが唸った。
「お前は……ラークラ」
ジザーランド統治時代の四人衆最後の一人。かつて銀河政府筆頭秘書官として恐れられた男。
「……エリムスの配下へ成り下がったか」
ミルトが吐き捨てるように言う。
ラークラの唇がわずかに歪んだ。
「この先はエリムス様の待つ新しき『統治の間』だ。そして……禍々しき結晶体の力で、無限に悪魔を生み出す実験室」
「悪魔を作り出すって何よ!」
ナコが魔杖銃を構え、怒気を含んだ瞳を突き刺した。
「もはやエリムス様は人間ではない。この星も、銀河も、歴史すらも……全てが終焉に飲み込まれるだろう」
そう言い放つと同時に、ラークラは懐から数枚のカードを取り出した。薄闇に浮かぶ光沢のカードは、どれも禍々しい絵柄を宿している。
「無駄なことはやめておけ。もう終焉は回避できぬ。それでも抗うというのなら……せめて絶望を味わう前に、私が楽にしてやろう」
静かに、一枚が抜き取られた。
「――呪いのカード、炎界の獄」
刹那、宙を舞ったカードが紅蓮に燃え上がる。炎の奔流が現実に顕れ、ナコ達へ襲いかかる。
「ちっ! 散れ!」
咄嗟に全員が散開。床を焦がし、柱を焼き尽くす炎の軌道を辛くも躱した。しかしラークラは続けざまにもう一枚のカードを抜き取った。
「氷刃の獄!」
続けざまに放たれたカードからは鋭利な氷の刃が雨のように生まれ、矢のごとき速度で襲い来る。
「双銃裂波陣!」
氷の刃を素早く避けて走り、両手に持ったブーメラン型の銃を回転しながら連続で撃ち放つアゲハ。弾丸は氷刃を次々と砕き散らしながら、ラークラへと向かっていく――。
「炎壁」
しかし弾丸は届かず、ラークラの前に燃え立った炎の壁が、すべての銃弾を呑み込んだ。
その刹那。反対側から走り込むように駆け抜けたハリーが、ラークラの後方へと回り込む。
「デストロ・チャージブレイカー!」
チャージガンから撃ち出された巨大なエネルギー弾が爆ぜる。爆炎がラークラの背後を呑み込んだ。
だが、ラークラは跳躍して炎煙を抜け、なおも冷酷にカードを掲げた。
「雷槍の獄!」
空間に生じた無数の雷槍が、ハリーの背後から襲い掛かる。
「させるか! 瞬間ブースト!」
ミルトの強化手甲が変形し、腕全体を覆う楯となってハリーの前に飛び込む。雷撃を弾き返すと続けざまに叫んだ。
「おい! コルト! お前たちはこのまま奥の扉へ向かえ! ここは俺たちが引き受ける!」
ミルトが咆哮し、さらなる突進でラークラに向かって体当たりを仕掛ける。
「チッ……!」
ラークラが再びカードを抜こうとしたその一瞬、アゲハが影のように跳躍し、双銃を撃ち放った。弾丸が彼の肩を掠め、鮮血が赤い絨毯に飛び散った。
「走るぞ!」
戦場を背に、ヒューベルトが俊足で階段を駆け上がっていく。
「俺たちはエリムスを討つ! ついてこい、ルキ! コルト! ナコ!」
三人が続き、階段を駆け抜ける。
「エリムスを討てば全てが終わる! 行くぞ!」
息を切らしながらも辿り着いたその先――。
彼らは豪奢なる扉の前で立ち止まり、互いに頷き合う。
そして――重き扉は、轟音を響かせながら開かれた。
第90話『悪魔エリムス(前編)』に続く。




