第76話 地獄の始まり
最終章:エストリプス銀河最大惑星『ノワリクト』最終決戦編
バルエクスでの戦いから数日。
エストリプス銀河最大惑星ノワリクト――その中心に位置する銀河政府の中枢、「統治の間」は、いまや戦場と化していた。
大理石の床には無数の血溜まりが広がり、鎧をまとった兵士たちの亡骸が散乱している。燃え上がる炎が柱を焦がし、天井から落ちた装飾が瓦礫と化して積み重なっていた。その惨状のただ中に、エリムスは立っていた。
焔と血の匂いをまとったその姿は、女神を思わせる優美さと、悪鬼を思わせる凶暴さを同時に宿していた。
「うふ。ごきげんよう、ジザーランド様。うふふ……」
冷ややかに微笑むエリムスの視線の先、玉座にはノワリクト現統治者ジザーランドが腰を震わせながら座っていた。
その瞳には、かつて見せたことのない恐怖が宿っている。
「エ、エリムスよ……な、なぜこんなことを……余に逆らうと言うのか……」
声を絞り出すも、足は勝手に後ずさり、威厳を保つ余裕など微塵もない。
「わ、わかった。お、お前の指名手配は取り消そう……! ポストも今のまま四人衆のひとりとして優遇を……いや、四人衆の最高権威として迎えようではないか……!」
必死の命乞い。しかしエリムスは、薄い笑みを深めるだけだった。
「うふ。ジザーランド様……ご存じでしょう? 四人衆のドギガイズとリリークスは、すでに死にましたわ」
優美な仕草で神器の杖を持ち直す。
「残るはラークラと……そしてワタクシ。ですが、四人衆などという枠組みはもはや不要。ワタクシが欲しているのは――皇帝の座。銀河を統べる者としての玉座ですの」
「なっ……」
ジザーランドの額から脂汗が流れる。
エリムスはゆっくりと歩み寄りながら、淡々と告げる。
「大人しくその権力を譲渡くださるのでしたら……」
「や、やめ……」
玉座から転げ落ち、腰を抜かしたジザーランドは、後ずさりしながら必死に命乞いを続ける。
「わ、わかった! 権力は渡す! 渡すから……助けてくれ、命だけは!」
その言葉を聞いた瞬間、エリムスの表情がねじれた。
「――うふ。せめて苦しまずに殺して差し上げましょう」
神器の杖を振るった刹那、水の竜が顕現し、鋭利な刃をもった鱗がジザーランドの身体を一瞬にして切り刻んだ。
「ぐぶぉがぁぁ……!」
鮮血を撒き散らしながら倒れる統治者。だが次の瞬間、エリムスの左手から放たれた焔がその肉体を焼き尽くし、黒い灰と化した。
燃えさかる玉座に腰を下ろし、エリムスは狂気を孕んだ笑みを浮かべる。
「愚かな男。ワタクシがしっかりとエストリプス銀河全体を征服し、もっともっと、うふ。最高に狂った面白い世界にして差し上げましょう」
――その一部始終を陰から見つめていた影があった。
「くっ……!」
その影は懐から一枚のカードを取り出しかけた。が――。
「うふ。無駄なことはおやめなさい」
血に濡れた玉座に優雅に腰かけたまま、エリムスが声をかける。
影の持ち主――長身の男は息を呑んだ。
「……!」
「分かっているのでしょう。あなた一人では、どうにもなりませんわ」
エリムスの目が妖しく光る。
「ねぇ……四人衆最後の一人。銀河政府筆頭秘書官――ラークラ」
名を呼ばれた男は沈黙した。やがてカードを仕舞い、ゆっくりと歩み出て玉座の前に跪いた。
「すぐに惑星放送の準備をなさい」
命じる声は甘く、同時に絶対的だった。
「新たなるノワリクトの統治者として、ワタクシ自らがご挨拶いたしますわ。……そして、新たな星の在り方についても。うふふ」
ラークラは深く頭を垂れ、震える声で言葉を紡いだ。
「……おおせのままに。新統治者、エリムス様に……栄光あれ」
統治の間を満たす焔と血煙の中、ひとつの銀河の権力構造が完全に塗り替えられた瞬間であった。
第77話『最後の希望』に続く。




