第73話 ジャコウ vs エリムス
第五章:禁止惑星 『バルエクス』戦争編
絞り出すような呻き声をあげ、ジャコウはその手に握る死神の鎌を構えなおした。呼吸は荒く、眼は深い暗闇の底で燃える鬼火のごとく光っている。
次の瞬間、その身体が閃光のように跳躍した。目の前に優雅に座していたエリムスへと、凄まじい勢いで飛び掛かる。
「うふっ」
柔らかな笑みとともに、エリムスの身体はふわりと舞うように傾き、鋭い鎌の一閃を寸前でかわした。衣擦れの音すら聞こえないほど、動きは優雅で冷ややかだった。
「さて、昔話は終わりにいたしましょうか。ジャコウ。あなたの持つ漆黒の結晶体と、ふたつの結晶体の力――ワタクシがもらい受けて差し上げましょう!」
神器の杖を高く振り上げた瞬間、空気が水に変わったかのように震え、轟音と共に水竜の如き刃が編み出される。研ぎ澄まされた透明の獰猛な牙が、獲物を求めてジャコウへ襲いかかった。
「うおおぉぉ!!」
咆哮とともにジャコウは身体を捻り、刃の奔流を紙一重でかわす。瓦礫を蹴り砕きながら踏み込み、一歩ごとに間合いを詰める。その鎌は黒き稲妻のように振り抜かれ、エリムスの首筋を刈り取らんと迫った。
「ちぃ、お早いですわね!」
水の刃を繰り出して鎌の剣筋を弾きつつ、エリムスは左の掌から光弾を連続で撃ち放った。
しかし、ジャコウは鎌を持たぬ方の手を地へ叩きつけ、瞬時に瓦礫の塊を形成する。それは盾のように光弾を弾き、その直後、同じ掌から焔の球を撃ち放った。
「く、黄の結晶体と赤の結晶体の恩恵ですわね!」
エリムスは即座に水の壁を展開し、焔を打ち払う。だが、その背後を抜ける影――すでにジャコウは迫っていた。
黒刃が弧を描き、一閃。
エリムスの衣を裂き、鮮血が宙に散った。だが、傷は浅い。
「ゆ、許しませんわぁぁぁぁ!!」
歪んだ表情とともに、エリムスの水刃は瞬時に竜の形を成す。その口から溢れ出たのは、滝のように降り注ぐ無数の水の刃。
ジャコウはとっさに受け身を取るも、全身を掠める刃が皮膚を切り裂き、血を滲ませていく。だが致命傷は回避した。鮮血を散らしながらも跳躍した彼は、回転し、焔の力を鎌に宿した。
「黒炎煉獄閃!!」
咆哮とともに振り下ろされた一撃は、無数の黒き炎の刃となって弾け、エリムスの身体を容赦なく切り裂いた。
「や、やったのか!?」
血に染まった光景を目にしたコルトが思わず叫ぶ。
「恐ろしい戦いだな……」
オスカーは声を低め、冷静に呟く。だが、その眼にはかすかな緊張が滲んでいた。
ナコは言葉を失い、ただ凍りついたように目を見開いていた。
次の瞬間。
「うふ。あはは、あははははは! さすがにふたつの結晶の力に、ワタクシの青の結晶体ひとつでは分が悪いみたいですわね……それに、神器の杖は器としてはどうも不安定。やはりその漆黒の結晶体――ワタクシの手に欲しいところですわ」
満身創痍の身体から血を滴らせながらも、エリムスは妖艶に笑った。
「あれだけリリークスを圧倒していたエリムスを凌ぐ……か。それだけ結晶体の力の恩恵は化け物じみているってことか」
コルトの声には震えが混じっていた。
オスカーが一歩踏み出す。
「オスカー?」コルトが問いかける。
「これほどまでに強大な力。あの白色の結晶体をどちらの手に渡しても地獄が待っているだろう。ならば、この混乱に乗じて我らが白き結晶体を奪い去る」
その眼には決意の光。腰に差した細剣、レイピアの柄を強く掴んだ。
「間違いねぇな。ナコ、お前もいけるか?」
「……うん。色々と考えるのは後にする。今は、ここから結晶体を奪って逃げよう」
ナコは震える手で魔杖銃を構えた。
「終わりだ。エリムス!」
血に塗れた姿のまま、ジャコウはさらに加速し、間合いを詰める。死神の鎌が闇を裂き、エリムスを斬り伏せんと迫った。
「うふふ。ですが、少々詰めが甘かったようですわね!!」
その瞬間。
ジャコウの胸を、鋭い氷の刃が突き破った。
「ぐほぁっ! な……」
跳躍し、踏み込んだ彼の真下。エリムスが先ほどまで優雅に腰掛けていた氷の椅子――それが形を変え、鋭き刃となって彼を貫いていた。
「うふふ。もっと広く視野を持っていれば、ワタクシの仕込みに気付けたかもしれませんわね。ごきげんよう。ジャコウ……いえ、シャクイガ!」
血飛沫を浴びながらも、不気味に笑うエリムス。その前でジャコウは鎌を取り落とし、血だまりに崩れ落ちた。
床を転がる漆黒の結晶体。
「頂きましたわ」
エリムスはゆっくりとその結晶体を拾い上げた。
第74話『バルエクス脱出(前編)』に続く。




