第71話 真実(前編)
第五章:禁止惑星 『バルエクス』戦争編
「……今の話が真実だとして」コルトが重苦しい声を吐き出した。「なんでシャクイガが今の時代にいる? 俺たちがストラトバティスで見た映像のシャクイガは、確かに老科学者だった。ジャコウには似ても似つかねぇぜ」
「そうよ!」ナコも声を張った。「それに、なんでそんなことをあなたが知っているの?」
「ああ……色々とややこしいのよね」
エリムスは唇の端を冷笑に歪めると、神器の杖を振り下ろし、氷の床から優雅な椅子を作り出した。脚を組んで腰を下ろす仕草は、まるで舞台女優のように誇張されたものだった。
「説明するのもめんどくさいけれど……まぁいいでしょう。もう少しだけ昔話をしてあげるわ」
死神の鎌を構えていたジャコウが、鋭い眼光でエリムスを睨みつける。「話すことなどない。今すぐお前を殺し、結晶体を頂く……」
一歩、彼が踏み出した瞬間――「ぐっ……!」呻き声を上げ、突然頭を押さえて膝をついた。
「ジャコウ!」
「ジャコウさん!」
駆け寄ろうとしたナコとコルトの前に、水竜の刃が並び立ち、道を塞ぐ。
「いけませんことよ」エリムスの声は楽しげだった。「せっかくワタクシが昔話をしてあげようとしているのに。お行儀よく聞いて、知って、そして失望した顔をワタクシに見せてちょうだいな」
コルトとナコは歯噛みしつつも足を止める。オスカーは表情を変えぬまま、黙して成り行きを見守っていた。
エリムスは唇を赤く舐め、ゆっくりと語り始める。
「ワタクシ、ここバルエクスの出身ですの。あぁ、正確に言うなら、どこかの星から実験体として連れて来られただけなのですけれどね。まぁ記憶は残っていませんわ」
氷の椅子の肘掛けを、細い指で軽く叩きながら続ける。
「結晶体の力を人体に取り込み、なおかつ自我を完全に制御できる兵器を生み出すための実験……そのための素材。それがワタクシ。来る日も来る日も、透明なカプセルの中で地獄のような苦痛を味わわされていた」
ナコは息を呑んだ。
「そんな……」
「けれど、十五年ほど前のことですわ。研究所を襲撃した“白キ戦艦”の人々に、ワタクシは救い出されたのです」
エリムスは目を細める。思い出す光景は血と炎に彩られていた。
「研究施設で生き残ったもうひとりの男と、ワタクシは手を引かれ走りました。あと一歩で小型艇に乗り込める、その刹那……ワタクシの力は暴走した。全身から爆発的なエネルギーを解き放ってしまったのです」
「まさか……」ナコが顔を強張らせる。
「次に気づいた時には、制御不能の複数同位体が収監されている、ここバルエクス地下の大穴の中でした」
その言葉にナコの瞳が大きく見開かれた。
「ヒューベルトの話に出てきた……あの時の少女が……まさか」
エリムスは微笑を浮かべたが、その微笑は冷たい刃のように鋭かった。
「地下の大穴は混沌そのもの。制御不能の獣たちが血を撒き散らしながら潰し合い、腐臭に溢れていた。ワタクシにも牙を剥いて襲いかかってきましたわ。でもね……ワタクシはとても強かった」
白い指先を軽やかに掲げる。氷の刃が床を擦り、ざらついた音を立てた。
「襲い掛かる獣どもを次々と根絶やしにし、奥へ奥へと歩みを進めた。まるで、何かに導かれるように」
「ぐぁぁ……っ!」
膝をついたままのジャコウが、頭を抱えてうめき声をあげる。
「穴の最奥。ひと際頑丈な扉を切り裂き、中へ入ると……そこには杖が一本、地面に突き立っていたのです。そう、この神器の杖が。そして、その横に年老いた科学者の姿。彼は結晶体のかけらと同化しており、肉体は崩れ落ち、仮死状態で横たわっていた」
「それが……シャクイガだったっていうのか」コルトの声が低く震える。
「ええ。彼は寿命に怯え、己の身体を結晶核で永遠に保とうとした。けれど失敗し、暴走し……殺すこともできず、結局はこの星に打ち捨てられた」
エリムスはふっと笑う。
「人間をゴミのように扱い、捨て続けてきた彼が、最後には自分自身がゴミのように捨てられるなんて……なんて滑稽。因果応報とでも言うのかしらね」
氷の椅子にもたれかかり、なおも続ける。
「長い仮死状態の彼を、ワタクシは退屈しのぎに目覚めさせてみたのです。ワタクシの身体に宿る結晶体の力を、神器の杖を媒介にして、彼の体と同化していた欠片を活性化させた。エネルギーは彼の細胞を再構築し、肉体を若返らせた」
「そんなことが……可能なのか」コルトが唸る。
「結果、彼は目覚めた。そこから五年……地下の大穴での退屈な暮らしの中、彼はワタクシの話し相手となりましたわ。彼の研究、思想、結晶体の秘密、過去……時折精神が不安定になるのが玉に瑕でしたが、興味深い話をたくさん聞かせてくれました」
エリムスの瞳がぎらりと輝く。
「その時ふと思ったのです。結晶体の力をすべて手に入れれば、未来永劫ワタクシが銀河の支配者となることも夢ではないのでは……と」
ナコが息を呑み、コルトは拳を握る。
「その時の高揚感は今も覚えていますわ。聞けば、ノワリクトという惑星に、結晶体の力を吸収する神器があるというじゃありませんか」
「ノワリクトで……『禁書』と呼ばれていた、漆黒の結晶体のことか……」コルトの声は苦い。
「ええ。神器の杖は不安定。ならば、その漆黒の結晶体を奪えばいい。そう決めたワタクシは、シャクイガを連れて地下の大穴を出ることにしたのです」
第72話『真実(後編)』に続く。




