第66話 復活する悪魔(後編)
第五章:禁止惑星 『バルエクス』戦争編
重く軋む音を立てて扉が開かれ、結晶体の空間に足を踏み入れた瞬間、三人の目に飛び込んできたのは壮絶な光景だった。
空間全体を覆う青白い光の渦。その中心で、傷だらけの異形リリークスが狂乱の叫びを上げていた。
「ぐぎぎぎゃぐげぇ、あびゃびゃうぎぎぃぐげぇ!」
咆哮と共に繰り出される爪撃は目にも留まらぬ速度。しかし、それを迎え撃つ女の姿には、一片の焦りすら見られない。
「うふ。惨めですわね、リリークス」
月光のように冷ややかな微笑を浮かべるエリムス。その身体には掠り傷すらなく、舞うような足取りで全ての攻撃をいなしていた。
「な、何だよあれ……リリークスの攻撃が一つも当たってねぇ……」コルトが低く呻いた。
「あんな杖……前は持ってなかったはず……だよね」その手に握られた水晶の杖を、ナコが目を細めて見つめる。
「そろそろ飽きましたわ。それに――メインを待たせるのも悪いでしょうしね」
エリムスは不意に笑みを深めた。次の瞬間、彼女の姿は水流に溶けるように消え、リリークスの背後に回り込む。杖の穂先が怪物の首元に押し当てられた刹那、空間が震動する。
竜の如き水刃が奔流となって走り、リリークスの体を縦横に切り刻んだ。
「ぐぶぉぉおおああああああああッ!」
断末魔の叫びが木霊する。水竜はたちまち赤に染まり、肉片と血潮が豪雨のように降り注いだ。
「うふ。ごきげんよう」
散った肉塊の雨の中、女は裾を一振り、杖から迸る軽い水流で足元を浄化する。血に濡れた床は瞬く間に清浄な石へと戻った。
「なに……あれ……」ナコの震え声。
「……なんてやろうだ」コルトが唸る。
女はようやくこちらに視線を向け、薄く唇を歪めた。
「あらあら、観客が増えたみたいですわね。うふ。まあいいわ。それより……そろそろ出てきたらどうかしら。それとも、覗きが趣味なのかしら?」
彼女の視線が白い結晶体の上方へと鋭く向けられる。
そこには、天井の柱に座ってこちらを見ている灰色装束の男が姿を見せていた。
「ジャコウ!」
「ジャコウさん!」
コルトとナコの声が重なった。
灰衣の男は無言で柱から飛び降りると、静かに大地へ着地した。その手にあるのは漆黒の大鎌。眼光は鋭く、獲物を睨む猛禽のそれだ。
「あら。立派な鎌ですこと。さしずめ死神の鎌、とでも言うのかしら」
「ジャコウさん!」ナコが叫ぶ。しかし男はちらりと一瞥をくれただけで、すぐにエリムスへと視線を戻す。
「……青の結晶体を渡せ」
「嫌ですわよ。というか、そもそもあなたがワタクシから奪って逃げたのでしょう? その器となる漆黒の結晶体を。あなたが返すのが道理じゃなくて?」
無言。返答は沈黙だけ。
「はぁーやだやだ。ここまで無口だとこちらがイラついて仕方がありませんわ。あなたが器を盗んで逃げたせいで、ワタクシがまた、こんな辛気臭い星の掃き溜めのような地下大穴にまでいくはめになったのですわよ。……まあ、おかげで目的の器――《神器の杖》も手にできたわけですけど」
「神器の杖だと!」コルトが驚愕の声をあげる。
「あら。外野から声が飛びますわね。説明して差し上げたらどうですの? あなたのお友達が、たーくさんの犠牲を払ってここまで追いかけてきたんでしょうから」
「……関係ない」ジャコウの低い声が落ちる。
「ジャコウさん! アゲハ……あなたの妹は、一命は取り留めたけど今、重傷をおってるの! あなたを追って、真実を知りたくて……あなたは何をしようとしているの? どうしてこんなことになってしまったの!」ナコが必死に叫ぶ。
しかしそれを嘲笑う声が返る。
「アゲハ……? ああ。ワタクシがグリムジャガーで腹を貫いたあの女。あなたの妹さんだったの、ジャコウ! あらまぁ、うふふ。あは、あははははは。殺しておけばよかったかしら。うふ。あははははは。あなたに妹なんて、いるわけないのに……あは、うふふふ傑作だわ」
狂気に満ちた笑声。ジャコウは沈黙のまま、死神の鎌をゆるりと構える。
「うふふ……なら教えてあげなさいよ。あなたの本当の名前を! この子たちに真実を! あなたの名前は“シャクイガ”。二千年前の古代レスポリア王国が生んだ異端の科学者! 自らを結晶体のかけらと融合させた複数同位体だってね!」
「な、シャクイガ……だと……」
コルトの顔が蒼ざめ、ナコの胸に冷たい衝撃が走る。
結晶体の光が不気味に脈動する中、真実は容赦なく突きつけられていった。
第67話『回想:古代レスポリア王国-二千年前- ①』に続く。




