第65話 復活する悪魔(前編)
第五章:禁止惑星 『バルエクス』戦争編
扉の先から轟く爆音は、階段広間まで震わせていた。壁の石材がきしみ、細かな砂がぱらぱらと落ちてくる。耳を澄ませば、ただひたすらに苦痛を吐き出す異形リリークスの断末魔のような咆哮だけが響いていた。
「くそ、どうなってやがる……」コルトが低く唸った。
ナコは固唾をのんでその音に耳を澄まし、小さく問いかけた。
「ねぇ。あのエリムスって女、そんなに圧倒的な力を持っているの? 聞こえてくるのはリリー……怪物の、その断末魔みたいな声ばかりだけど」
ミルトが血に濡れた胸を押さえ、擦れる声を絞り出した。
「……いや、確かにエリムスは化け物じみた力を持っているとは聞いたことがあったが、あいつは人間だろう……怪物と化したあのリリークスをひとりでどうにかできるとは思えない……」
ハリーが険しい顔で口を開く。
「グリムジャガーの青色の結晶体の力か?」
「いや、器や機械をなしに結晶体の力を取り込むことは難しいだろう。それに……暴走もしてなければ化け物化もしてはいなかった」ミルトの声は弱々しく、しかし確信を含んでいた。
なおも扉の先からは、苦悶するリリークスの叫び声が響き渡る。
「いや、んなことどうでもいい! 今がチャンスだ。すぐに白キ戦艦に戻るぞ!」ルキが声を張り上げる。
「そうだな。ヒューベルトやイクサ、ミルトの治療が最優先だ」ハリーも続けた。
ルキは即座に端末を取り出し、通信を試みる。
「同じ潜入班に連絡を取る。中でもムラマサ班は手練れ揃いだ……」
だが、いつまで経っても応答は返らない。ルキの顔色がみるみる険しくなった。
「くそ! なんでだ! ムラマサ班に繋がらない……まさか、いやそんなことは」声が震えた。
「交戦中……とか?」ナコが呟く。
「いや……だとしても、誰一人としても繋がらないのはおかしい。最悪は……全滅か。くそ!」ルキの拳が震え、石壁を叩く鈍い音が広間に響いた。
「とにかく重傷者を抱えて塔を下りるのは危険だ。まだ兵隊や複数同位体だって残っているだろう。片っ端から潜入班に連絡を取る。助けが必要だ」ルキはなおも端末を操作し続けた。
その時、コルトがふいに立ち上がった。
「ハリー、ナコ、ルキ。ここはまかせてもいいか?」
驚いた仲間たちが一斉に振り返る。
「どういうことだ?」ハリーが問い返した。
「俺はもう一度あの結晶体の空間に戻る」
「な、何を言ってる? 死にたいのか?」ルキが叫ぶ。
「ちげーよ。今、エリムスとリリークスは交戦してる。どちらが勝つにしろある程度の消耗は避けられないはずだ。それに、あそこにはジャコウも来てるんだろ。なら、四つの結晶体の力が全部あそこに揃ってるってことだ」
コルトの声は低く、しかし決意がこもっていた。
「ジャコウが何をしようとしているのか、エリムスの思惑は何なのか。どちらもわかんねぇが、結晶体が揃う以上、何かが起きることは間違いないだろう」
「だからと言って、お前ひとりで何ができる!」ルキが食ってかかる。
「見極めんだよ! あいつらが起こそうとしてるのは何なのか。んで場合によっちゃ俺が結晶体をひとつでも奪って逃げて、宇宙空間に投げ捨てる! 宇宙空間に投げちまえば、簡単には見つけられねぇだろうしな」
「……無謀だ」ハリーが言った。
「だが、このままほっといて逃げれば、もっとひどいことになるのは目に見えているだろう。安心しろ! 死ぬ気はねぇし、まじでやばそうだったらすぐに逃げるさ」コルトは真剣な眼差しで仲間を見渡した。
その時だった。広間に低く響く声が割り込んできた。
「同意だな」
「オスカー!! 来てくれたか」ルキが叫ぶ。
「オスカー? 艦隊戦の……」ミルトがかすれた声で言った。
美しき長髪をなびかせ、整った顔立ちの青年、十士のひとりであるオスカーがゆっくりと近づいてくる。
「艦隊戦はほぼ白キ戦艦が制圧した。私たちオスカー班は連絡の途絶えたムラマサ班と、地上戦の現状を確認する為に上陸した」
「ムラマサ班は……?」ルキがおそるおそる尋ねる。
「……全滅だ」
全員の顔に戦慄が走った。
「んだと! ムラマサ班は全員が手練れのはず」ルキが絶叫する。
「残念だが……。最重要実験室はひどい有様だった。科学者、兵、獣の死体が無残に散らばり……その先、奥の地底大穴からは女が出てきた。やったのはあの女だろう。私たちは気配を殺し、あの女をつけてここまで来たというわけだ」
オスカーの言葉に、空気が一段と重く沈む。
「オスカー班! すぐにルキたちを連れて白キ戦艦へ帰還しろ。艦についたらヒューたち重傷者の手当てを最優先だ!」オスカーが鋭く指示を出した。
「おい、オスカー! お前は……」ルキが叫ぶ。
「見極めるさ。この地獄を作り出した根本は何なのか……」オスカーは結晶体の空間へと続く扉へ視線を向けた。
「心強いな!」コルトも同じく扉へと向き直る。
階段を上る二人の背後から、震える声が飛んだ。
「わ、私も連れてって!」ナコだった。
「私も、知りたい。どうしてこんなことになったのか! それに、ジャコウさんがいるのなら、私はここにいないアゲハの為にも、ちゃんと話をしなくちゃならない! だからお願い!」
一瞬の沈黙。
「……覚悟は、できてんだな?」コルトが低く問う。
ナコはしっかりと彼を見据え、強い瞳で応えた。
「最初から、ずっと覚悟はできてるよ」
コルトは頷き、短く息を吐いた。
「なら、私も!」ハリーが声を張り上げた。
だが、コルトが振り返り、真剣な表情で言う。
「ハリー、お前はミルトたちを見てやってくれ。考えたくはねぇが、もし俺たちが帰らなければ……その先の判断はお前に任せたい」
「しかしっ!」
「頼む! ハリー」
コルトの瞳に宿る覚悟に、ハリーは拳を握りしめた。
「わかった……絶対に死ぬなよ」声を震わせながら答える。
「大丈夫だ。何があっても私がお前たちを守ろう。十士の名にかけて」オスカーが静かに言った。
「あぁ。頼りにしてるぜ」コルトが応じる。
そして三人は、静かに扉を開く。
轟音と咆哮の渦巻く、結晶体の空間へと――。
第66話『復活する悪魔(後編)』に続く。




