第64話 絶体絶命
第五章:禁止惑星 『バルエクス』戦争編
鋭く変貌した刃のような羽からは、なおも血が滴り落ちていた。その血は冷たい石床に音を立てて染み込み、暗黒の花を咲かせる。リリークス――否、もはやその名で呼ぶことにすらためらいを覚える存在は、狂気の咆哮を上げながらヒューベルトを投げ捨てた。
「あひゃひゃひゃあ、あは、あぎゃははは。ひぎゃあぁぁぁ」
耳をつんざく叫喚。顔は崩れ、牙は伸び、瞳は怪光に濁りきっている。
「……く、狂ってやがる」コルトが息を呑んだ。
「ヒュー!!」ロックが叫び、投げ捨てられたヒューベルトへと駆け出した。
だがその刹那、悪魔は疾風のごとく間合いを詰める。口が異様に裂け広がり、鋭い牙が閃く。
「――っ!」
骨を断ち切る鈍い音。次の瞬間、ロックの首筋が真っ赤に噴き上がった。
「あ、が、わ……わ、り……ぃ」
掠れる言葉を最後に、ロックの身体は崩れ落ちた。
「く……くそがぁ!」サイクスが血に塗れながら、最後の力でアーム型エネルギー砲を構える。怒りと絶望を込めて引き金を引いた。
轟音。光が迸る。
だが悪魔は容易く身をひるがえし、光線は空を切った。次の瞬間、異形の口から放たれた光弾がサイクスを呑み込む。
直撃。爆ぜる炎。破片と血肉が散り、サイクスの姿は見る影もなく吹き飛んだ。
「……だ、ダメだ。このままじゃ全滅だ!」
残された仲間の声は、絶望そのものだった。ロックとサイクスは絶命。イクサもミルトも致命傷を負い、ヒューベルトは血の海に沈んでいる。
まさに地獄絵図。
「ヒューはまだ息がある! 生きてるやつらを連れてすぐにここから離脱だ!」ルキが叫び、必死に指示を飛ばす。
「ハリー! イクサを連れてけるか! 俺はミルトを担ぐ! ナコ、扉まで走れ!」
「あぎゃ! あぎゃひゃひゃひゃあがぁうぎぎぃ!」
異形のリリークスが咆哮を上げ、こちらへ突進してくる。
「フレイムス!」
ナコの魔杖銃から炎が迸り、立ち昇る火柱が一瞬で前方を覆った。続けざまに彼女は叫ぶ。
「カマイタチ!」
切り裂く風が炎を煽り、轟々と燃え広がる。熱波が押し寄せ、瞬時に炎の壁が築かれた。
「一瞬しか持たないと思う。急いで!」
仲間たちは重傷者を抱え、転がりこむようにして扉を抜けた。中央塔最上階の重厚な扉の先――左右の塔へ続く広間へと駆け下りる。
だが直後、轟音が轟き、背後から圧倒的な衝撃波が襲った。
炎の壁が吹き散らされ、凄絶な咆哮が扉を貫いてくる。衝撃は石造りの壁さえ震わせ、ナコたちは階段を転げ落ちた。
体勢を立て直し、見上げた先――
そこに現れたのは、炎を背負い、血と影を纏った悪魔の姿だった。
扉の上段に立つ異形のリリークスは、不気味な笑みを浮かべ、狂気の声を吐き散らす。
「く……くそが、絶対絶命かよ……」コルトが呻くように言ったその時。
――コツコツコツ。突如響き渡る足音。ゆっくりと近づいてくる靴音が、場の緊張をさらに引き裂いた。
「あらあら。あれはリリークスかしら……ずいぶんと醜き姿に成り果てていること。うふ。汚らわしい」
女の声。艶やかで、冷たい毒を含んだ声音。
「テメーは……エリムス!」
コルトが驚愕を込めて叫ぶ。
ナコは反射的に魔杖銃を構えた。目の前の女は、アゲハを殺しかけた。警戒心が鋭く心を走る。
「あひゃひゃあ、ぐへ、あがぁあ、うぎぎぎぎぎぃ!」
異形のリリークスが咆哮を上げ、牙を剥く。
「言葉も通じない怪物……これじゃまるで地下の大穴に収監されていた複数同位体と同じね。所詮は中途半端な実験の成れの果て。哀れな男」
エリムスは微笑を浮かべながら、ゆるやかに階段を上がっていった。
「おい! エリムス! リリークスはもう怪物だ。何をする気だ!」
コルトの制止を無視し、彼女は淡々と告げる。
「ああ。ワタクシ、白い結晶体に用事があるんですの。それと……ジャコウにも」
「ジャコウ……! やっぱりあいつも来てやがるのか」
「あら、気付いていらっしゃらなかったかしら? あちらでずっと傍観していたでしょうに」
エリムスの顎がくいと動き、結晶体のある空間を示した。
「……いやがったのか。あの野郎」コルトが唸る。
「それより――この醜き塊、邪魔だわ。敵も味方も関係なく襲いかかってくるなんて。このまま行けば、当然ワタクシにも牙を剥いて来るんでしょうね……めんどくさいわ」
言葉の刹那、異形のリリークスが猛然と襲い掛かってきた。
「うきゃぁあ! げはぁ! ぐげげげぇぇ!」
「……気持ちが悪いですわね」
エリムスは一瞬で懐へ踏み込み、左手から光弾を撃ち放った。
轟光。
リリークスの身体は弾き飛ばされ、結晶体のある空間へと叩き込まれる。
「さっさと殺してしまいましょう」
にやりと笑みを浮かべ、エリムスは扉の先へと姿を消した。
第65話『復活する悪魔(前編)』に続く。




