第62話 中央塔リリークス戦(後編)
第五章:禁止惑星 『バルエクス』戦争編
「久々に楽しめそうじゃないか。じっくりと絶望を味わいながら死ぬといい……いや、殺さずに人体実験の材料として使わせてもらおうか」
黒と白、相反する二色の羽が大きく広がった瞬間、空間そのものを震わせるような旋風が吹き荒れた。砂塵が巻き上がり、視界が掻き消される。次の刹那――イクサの目の前に、リリークスが音もなく立っていた。恐ろしいほどの速度、常人の認識を超えた動きだった。
「しまっ!」
声を出し切る前に、リリークスの口元に狂気の笑みが浮かぶ。鋭い悪魔の爪が閃き、イクサの腹部を容赦なく貫いた。
「うがぁぁぁはぁぁ!」
鮮血が迸り、肉と金属が砕ける音が響く。イクサの身体は弾き飛ばされ、床を転がりながら血の尾を引いた。
「……有機質に機械が融合している。限りなく人間に近い人造の人間か。興味深いな」
リリークスは濡れた爪を舐めながら、忌まわしき実験体を観察するように呟いた。その眼差しには、純粋な戦闘欲ではなく、冷酷な研究者の歪んだ興味が宿っている。
「イクサ!」
吹き飛ばされた仲間に駆け寄ろうとするミルト。しかし、その行動すら許さない。リリークスは一瞬でミルトの目の前に現れ、天使の掌から閃光のような光弾を撃ち放った。
「く、なんて速さだ!」
ミルトは咄嗟に手甲を展開し、直撃を避ける。だが衝撃の奔流は防ぎきれず、そのまま壁際に叩きつけられた。
「ぐはぁっ!」
口から血が噴き出す。リリークスの影が覆いかぶさり、追い打ちの爪が閃く。
「フレイムス!」
その間にナコが魔杖銃を振り抜いた。炎の壁が轟音と共に燃え上がり、ミルトとリリークスの間を隔てる。だがリリークスは鼻で笑い、羽を一度羽ばたかせただけで業火を吹き飛ばした。風圧が熱を呑み込み、消失した炎の残滓が虚しく舞う。
「……くだらん」
黒き爪が振り下ろされ、ミルトの身体を貫こうと迫る。
「っけんなぁ!」
ロックが転がり込み、刹那の隙にミルトを引き寄せて救い出した。だが、態勢が整う前にリリークスの爪が再び襲いかかる。ふたりの命を刈り取らんとする死の軌跡――。
「ぐぎゃははははは! 死ねぇ!!」
間に合わない。殺られる。
「創造的消失!」
瞬間、六つのビー玉が飛び込み、宙に広がった。六芒星を描く光陣が輝き、エネルギーブレイドとなってリリークスに襲いかかる。鋭い光刃が旋風を切り裂き、悪魔の羽を削る。
「おいおい、危機一髪ってな!」ひょうひょうとした男が叫ぶ。
続けざまに轟音。背後から放たれたエネルギー砲がリリークスを狙い撃つ。
「ちっ!」
リリークスは両翼を広げ、羽で身体を覆い防御する。だがその隙を狙った一閃――カットラスの鋭刃が闇を裂き、リリークスの胴をかすめた。
「……!」
浅い傷が刻まれる。滲んだ血を見下ろし、リリークスの瞳が狂気に染まる。
「くく! ぎゃはははははははははははははは……!」
「ヒュー! ルキにサイクスも!」
ロックが現れた三人の男たちに声を上げる。
「一歩遅れたようだな。待たせた」
海賊帽を被った男、ヒューベルトが冷ややかに言い放った。その横に立つルキは、いつものようにひょうひょうとした口調で笑う。
「なんか、随分人間離れした格好になってんなー」
寡黙なサイクスはただ一言だけ、低く呟いた。
「関係ない。残滅するだけだ」
「ヒューベルト! 気を付けろ! アイツの速さ、とんでもねぇぜ!」
コルトが警告の声を張り上げる。ヒューベルトは静かに頷いた。
「あぁ。以前よりも怪物化しているようだ。醜いな」
「くく、ぎゃははははは! ヒューベルト、あぁ、覚えているよ。覚えているさ。あの忌々しい十五年前の襲撃。あの時のガキ、人体実験のサンプル崩れ……あは、あひゃひゃひゃひゃ!」
リリークスは顔を覆いながら、不気味な笑い声を空間に響かせる。仮面を剥がされた狂人の声は、耳にこびりつくほどにおぞましかった。
「……覚えていたか。ならば話は早いだろう」
ヒューベルトの声が低く沈む。だがその瞳は燃え上がるような炎を宿していた。
「今から俺がするのは復讐だ。リリークス、恐怖し、後悔しながら死んでいくんだな!」
彼の手に握られたカットラスとパイレーツピストルが、異形の悪魔へと向けられる。重い復讐の誓いが、戦場の空気をさらに研ぎ澄ませた。
第63話『ヒューベルト vs リリークス』に続く。




