第6話 アゲハ救出計画(後編)
第一章: 『ノワリクト』脱出編
アゲハが拘束されてから五日目の夜。
銀河都市の空は雲一つなく、無数の恒星が網目のように瞬いていた。
ナコは銀河中央高校の宿舎の前に立っていた。肩から小さなバッグを下げ、その中には三つのものが入っている。
一つは、過去にジャコウから手渡された古いノートと、この前の夜にジャコウの部屋から見つけたもう一冊のノート――それと同時に見つけた小型のデジタル端末と、アゲハの兄ジャコウの職員証だ。
背後の校舎は深夜の静けさに包まれている。
ナコは一度だけ振り返り、小さく息をついた。
家族はいない。幼い頃から施設で育ち、家族の記憶もない。もし失敗して銀河全体に指名手配を受けても、誰かが巻き込まれることはない。
――だからこそ、ためらう理由はない。
「絶対に、アゲハを助ける」
その言葉を心の中で繰り返し、ナコは夜の通りへ踏み出した。
集合場所は、中層区の外れ、軌道整備区画の一角にある古びた倉庫だった。
巨大なシャッターの前にたどり着くと、センサーが反応し、静かに上がっていく。
中にあったのは、三両編成の銀河鉄道車両――だが、ナコが知るどの車両とも違っていた。外装は艶消しの黒で、表面には光を吸い込むような特殊コーティングが施されている。わずかに金属の匂いと、冷えた油の匂いが漂っていた。
「怖気つかずに来たか……」
コルトが先頭車両の影から現れた。後ろにはハリーとミルトもいる。
「これが今日の作戦の要、俺たちの足だ!」
コルトは車両を軽く叩いた。
「非正規の銀河鉄道。俺たちが密かに作り続けていた切り札だ。実際に使う時がやってくるたぁ、たまんねぇな」
「ステルス機能と、いくつかの“予備の手”を搭載してある。今回の作戦にはもってこいだろう」ハリーが続いた。
先頭車両は動力軌道運転室になっていて、パネルの光が薄暗い室内を照らしている。
中央車両には簡易寝室が並び、その中央に円卓が置かれていた。天板には図書館の構造図や軌道ルートのホログラムが投影され、赤いラインが侵入経路を示している。
後部車両は備蓄倉庫だ。工具、予備電源、食料パック、緊急医療キット――短期から長期の作戦に必要な物資が整然と並んでいた。
「乗れ」
コルトの声で、ナコは中央車両に足を踏み入れた。ドアが閉まり、低い駆動音が響き始める。
「ステルス起動を開始する!」
ミルトが操作パネルに触れると、外装の黒がさらに深く沈み、視覚センサーから完全に溶け込むように変化した。
車両はゆっくりと動き出し、やがて貨物専用ルートへと滑り込む。
そこは光の届かない闇の中だった。壁面には配管とケーブルが絡み合い、時折、遠くから機械の軋む音が響く。
ミルトが運転席から振り返った。
「これから四時間、このルートを通って図書館上層へ向かう。途中、二箇所の生体認証ゲートと監視ドローンの巡回エリアを抜けるが、ステルスが効いてる限り見つかることはないはずだ」
「よし、お前ら円卓に座れ! この間に、銀河中央図書館に侵入してから、アゲハを助けて脱出するまでの手筈を整える。第五層に着いてから、実際に侵入して動いてもらうのは一人だけだ……分かるよな?」
ナコは小さく「はい」と頷いたが、その手は知らず知らずの内に緊張で汗ばみ、心臓の鼓動はいつもより早く動いていた。
「大丈夫だ。完璧なルートとバックアップを我々がする。ナコはその通りに動けばいい、それに隠密行動の定石は少人数が基本だ」
ハリーの言葉が、少しだけ伸し掛かった重みを取り除いてくれた。
暗闇のトンネルを、三両編成の車両は静かに進み続ける。
その先にあるのは、アゲハのいる第五層――もう後戻りはできない、長い夜が始まった。
第7話『第五層侵入作戦(前編)』に続く。




