第53話 決戦前夜(前編)
第五章:禁止惑星 『バルエクス』戦争編
バルエクス到着までの数日間、ナコたちはそれぞれ白キ戦艦の住民区画で思い思いに過ごしていた。
コルトとハリーは武器開発区画に籠もり、戦いに備えて武器の改造と調達に励んでいた。白キ戦艦の技術者たちとコルトの技師としての知識を突き合わせ、新たな銃火器や刃物の試作も進められていく。
「ここをこうすれば冷却効率が上がる。発射後の反動も減らせるはずだ」
「おお、それは助かる。長期戦になったらなおさらだな」
作業の音が夜を徹して響き、二人の顔は油と金属粉で汚れていたが、その瞳には確かな充実感があった。
一方、ミルトは資料館に通い詰めていた。白キ戦艦の膨大なデータアーカイブを読み漁り、過去の戦史や未知の惑星情報を吸収していく。そして、時には元キャプテンであるミカエルと、戦術についての意見を交わした。
「敵がこちらの動きを先読みしてきた場合はどう対応すべきか」
「全体を俯瞰し、必ず逃げ道を確保しておくのが鉄則だろう。撤退は恥ではなく、生存の為の戦術となる」理論と経験のぶつかり合いは、ミルトにとってかけがえのない糧となっていった。
イクサはというと、訓練大好きトックスを巻き込み、訓練区画で汗を流していた。
「はぁっ!」
「うらぁっ!」
イクサの拳とトックスの訓練用の木剣がぶつかり合い、床を揺らす音が絶えない。
「トックス! お前、なかなか動き速えじゃねぇか!」
「拳と剣、いい訓練になりそうだ!」
互いに笑みを浮かべながらも、一撃ごとに真剣さが増していく。イクサの格闘術は、この短い間にもさらに磨かれていった。
そしてナコは、医療施設にいた。
ベッドの上で静かに目を覚ましたアゲハの傍らに座り、今の状況やこれからのこと、そして取り留めのないお喋りを続けていた。
「……そう、だったんだ。ごめん、みんなに迷惑かけて」
「迷惑なんかじゃないよっ! みんなほんとに心配してたんだから……」
アゲハの表情は暗い。
「うん……私、ほんとにダメだな。兄さんのおかしかった様子にも気づかないで、銀河中央図書館にも拘束されて」
「……アゲハ」
「ナコ達に助けてもらってから、一緒に宇宙に出て……そこでもあんまり役に立てなくて、挙句の果てに死にかけて。足手まとい……だよね」
涙を必死に我慢しているかのように、アゲハの声が小さく震える。
「っ! そんなことない! 絶対ない! みんなだってそんなこと思ってないよ」
「ううん。今度の戦いだって、私はこんなんじゃみんなと一緒に行くこともできない。自分の兄が起こしたことがきっかけなのに、みんなに頼るしかできないなんて……役立たずだよ」
アゲハの瞳から涙が落ちた、その時。
病室のドアが音を立てて開く。
「おいおい、んなこと気にしてんのかよ、アゲハ」
入ってきたのはコルトだった。その後ろには、ハリー、ミルト、そしてイクサの姿もあった。
「……みんな」
「ま、きっかけはジャコウかもしれないが、俺たちはもともといずれこうやって動こうと思っていたんだ」ミルトが穏やかに言った。
「むしろきっかけをくれたことにこちらが感謝すべきだろう」ハリーが続ける。
「それによっ! ずっとやつらが行ってきてた悪事を俺たちがぶっ潰せるんだ。わくわくするだろ。なんせ俺の恨みは二千年前からなんだからよ」イクサが大きく笑った。
「お前、ほんとに二千年前の人間なのか? 今に順応しすぎだろ」コルトが苦笑すると、イクサは肩をすくめて答えた。
「ま、俺にとっちゃ一日寝て起きたら二千年経ってたって感じだから時間の感覚なんてないけどな」
仲間たちの温かい空気に包まれ、気付けばアゲハの涙は止まっていた。わずかに浮かぶ笑顔が、差し込む光に優しく照らされている。
「ま、アゲハ! 今回はゆっくり休んどけ。俺たちがサクッと言ってジャコウを引っ張ってきてやっからよ。そしたらお前の出番だ。たっーぷりとジャコウを問いただしてやれ。妹としてな」コルトが言う。
「ありがとう……みんな」
「おうよっ!」イクサが腹の底から声を張った。
「なんでお前が一番大きい声出すんだよ」
「いいだろ別に! 気合入れだよ気合入れ」
そんなやり取りの最中、コルトの携帯通信端末が鳴った。
「ヒューベルトからだ」
スピーカーに切り替えると、ヒューベルトの声が低く響いた。
「明日にはバルエクス宙域に入る。作戦を話し合いたい。ブリーフィングルームまで来てくれ」
「うっし! じゃあいっちょ行ってくるか」コルトが答える。
「みんなっ! その、絶対に……生きて帰ってきてね」アゲハが真剣な瞳で言った。
「死なねぇよ! あったりめぇだろ」コルトが背を向けながら手を挙げる。
「アゲハ、行ってくるね」
ナコも精一杯の笑顔で振り返り、病室を後にした。
第54話『決戦前夜(後編)』に続く。




