第51話 ヒューベルトの過去ー十五年前ー(中編)
第五章:禁止惑星 『バルエクス』戦争編
「……俺の名はシゼル。安心しろ、ここから出してやる」
海賊帽子の男は短く名乗り、即座に仲間たちへ指示を飛ばした。
「オイ、他に捕まってる無事なやつは?」
「B班、E班、G班はすでに複数同位体化されてない人間を解放、艦へ離脱中と連絡が!」
「よし。俺たちA班はこのままこのイカれた研究施設を破壊しながら地点αでF班と合流する。この子たちをF班に託し、そのまま塔の中枢へ――リリークスを撃つ!」
「イエス! キャプテン!」
怒号とともに仲間たちは一斉に動いた。爆発が続き、壁が崩れ落ちる中、俺と少女は走らされていた。
どうやら研究施設から生き残って救い出されたのは俺と、あの部屋にいた少女だけらしい。他の者たちは――おそらくもう。
景色は次々と変わり、時間は矢のように流れていく。必死に足を動かしながら、冷めた頭の隅でそんなことを考えていた。隣を走る少女の横顔は無表情。感情が削ぎ落とされたようで、人形のように見えた。
前を塞ぐ兵たちを、シゼルと仲間たちは圧倒的な力で薙ぎ払う。銃声と剣戟が交じり合い、血飛沫が飛ぶ。だが次に現れたのは、人間ではない異形の獣だった。
黒光りする外殻、唸り声。あの時――惑星マテレキャで人を喰らった獣たちの姿が脳裏を灼き直す。
全身から憎悪がこみ上げ、気づけば俺は落ちていた兵の剣を掴んでいた。
「うがぁぁぁぁぁ!!」
咆哮とともに駆け出す。身体が異様に軽い。速い。目にも止まらぬ剣閃が獣を切り裂き、外殻すら易々と断ち割った。
俺は悟った。皮肉にも、あの地獄の実験の日々で手に入れたのだと。異形をも屠るこの力を。――結晶体の力を。
一瞬で数匹を屠り、そのまま駆け出していた。頭の中にあるのは復讐だけ。ルートを外れ、闇雲に走る俺を、シゼルの怒声が追った。
「おい、待て! 待つんだ!」
すると、不思議なことが起きた。無表情だった少女までも、俺の背を追って駆け出した。少女の手を引いていた男も舌打ちしながら後を追う。
やがて抜けた先――うす暗い通路の扉を開ければ、そこは広い外通路。
あちこちで銃声と剣戟が響き、空には無数の白い小型艇が飛び交っていた。
「ちょうどいい、外に出たな! 小型艇を一本ここへつけろ! 解放した少年と少女を乗せて艦本体へ――」
シゼルが通信を飛ばそうとした瞬間、通路の先に一人の男が立ちふさがった。
漆黒の威容。背後に控える多数の兵。まるでこの施設そのものの主権を握るような存在感。
「白キ戦艦か……なるほど。小賢しい真似を」
その名を知っている。リリークス――研究施設の絶対権力者。
「リリークス! 貴様ら銀河政府の非人道な行い、許しては――」
シゼルが言い切る前に、俺の足が勝手に動いた。剣を構え、リリークスに向かっていた。
「おいっ! 待て!」
シゼルの声が後ろから響く。
「ほう……実験体か。いいだろう。私自ら相手してやろうぞ!」
次の瞬間――
ガキィィィィン!!
剣はリリークスの変化した左手――悪魔の爪に弾かれた。強烈な衝撃に俺の身体は吹き飛び、床を転がる。
「終わりだ」
リリークスの右手も変化し、天使の掌から光弾が迸った。
――死ぬ。そう思った瞬間。
シゼルが俺の前に躍り出た。光弾は彼の胸を貫く。
視界が白く弾け、頭上から何かが落ちる。俺の目の前に転がったのは、シゼルの海賊帽だった。
「ぐはははははっ! こいつぁ傑作だなあ! は、ははは実験体を庇いやがったぞ! あははははは!」
リリークスの嗤い声がこだまする。
シゼルは血を吐きながらも、仲間を振り返り叫んだ。
「お前ら……すぐに離脱しろ。ミカエル……後は、頼んだ……」
追い打ちのように、リリークスの光弾が再びシゼルを撃ち抜いた。
「キャプテン!!」
少女の手を引いていた男――ミカエルが咄嗟に判断した。俺と少女を掴み、外通路へ横付けされた小型艇へ飛び込む。
俺は押し込まれ、少女の腕も強引に引かれる――だが。
その時だった。
無表情だった少女の瞳が、初めて揺れた。
彼女は自らミカエルの手を離すと、次の瞬間、全身から爆発的なエネルギーを解き放ったのだ。
「――っ!!」
光に呑まれ、小型艇は慣性のまま離脱する。俺とミカエルを乗せ、大気圏へ飛び立つ。
振り返る間もなく。
上空から見えたのは、とてつもない閃光。バルエクスの一角が轟音とともに吹き飛び、白い爆炎が塔を呑み込んでいくのだった。
第52話『ヒューベルトの過去ー十五年前ー(後編)』に続く。




