第42話 大海原へ(後編)
第四章:禁止惑星 『グリムジャガー』編
小型船は波しぶきを巻き上げ、大海原を突き進んでいた。吹き抜ける潮風は心地よく、甲板に立つナコの髪をやさしく揺らす。時折、水面から群れになった魚が飛び跳ね、青空からは海鳥の声が降り注いだ。
「本当に海ばっかりなんだね」
ナコが呟くと、操縦席に腰をかけるイクサが答えた。
「あぁ。シャクイガの野郎のせいで、この星の陸地はほとんどが海に沈んだ。今は星の八割が海だろうな」
ナコは思わず黙り込んだ。その表情に影を見て、イクサは口角を持ち上げる。
「暗い顔すんなって。俺みたいな生き残りもいる。きっとまだどこかで元気に暮らしてる連中もいるさ。取り戻すんだ、俺たちの星を」
その言葉に、ナコは小さく頷いた。
ミルトが遠くの水平線を眺めながら呟く。
「首都の跡地に作られた神殿、か……二千年の時間が経っている。二千年前にこの星に降り立ったシャクイガ……古代大帝国レスポリアの関係者は、まだそこに残っているのだろうか」
「さぁな。ノワリクトに引き継がれて撤退してるか、重要施設として今も警備が続いているか……」コルトが唸る。
ハリーが腕を組みながら口を挟む。
「ストラトバティスは鬼……リムスタングはドギガイズ……」
「ストラトバティスは特殊だろう。リムスタングは結晶体の副産物に目を付けたドギガイズが十年前から牛耳っていた。つまり、それまでは放置されていたってことだ」
ミルトが言葉を引き継ぐ。
「結晶体はノワリクト銀河政府にとって最重要機密だろうが、その事実を知ってるのはごく一部。禁止惑星として渡航を完全に封鎖してるなら、わざわざ常駐の監視を置く必要もない」
「そう考えると……もう神殿には誰もいないんじゃないかってこと?」
ナコが問いかける。
「あぁ。ただ、状況は複雑だ。銀河政府はジャコウに秘密を握られ、結晶体の力はすでにふたつ奪われた。さらに四人衆の一角だったドギガイズは死んでいる」
ミルトの声に、ハリーが険しい表情で言う。
「次の狙いが青色の結晶体だとわかってるなら、ここに誰かを送り込んでいてもおかしくはない」
「そういうことだ……用心して損はねぇ。ジャコウがすでにケリをつけてる可能性もあるがな」コルトが唸った。
「どちらにせよ、行って確かめるしかないだろう」
その瞬間――海面が大きくうねった。
「おっ、とぉ! なんだなんだ……!」
イクサが声を張り上げる。小型船の真下、深い海に巨大な影が蠢いていた。長大な背びれが水面を切り裂き、十メートルを超える巨影が姿を現す。船体は激しく揺さぶられ、皆は思わず手すりを掴んだ。
「巨大ザメ……!?」アゲハが悲鳴を上げる。
「落ち着け! あれは大人しい種だ。俺たちを襲うことは――」
イクサが言いかけた瞬間、巨大ザメが大ジャンプをかました。濡れた鋭い歯を剥き出し、獰猛な目で小型船を狙って突進してくる!
「なっ――!」
咄嗟に操縦桿を切ったイクサ。小型船はぎりぎりで直撃を避けたが、落下した巨体の衝撃でしぶきが大きく舞い、甲板にまで水が降りかかった。
「おいおい、大人しいってのは嘘だろうがよ! めちゃめちゃ獲物を殺す目してんぞ!」コルトが怒鳴る。
「そんなはずは……っ!」イクサは必死に船を切り返す。だが巨大ザメの動きは速く、船のすぐ背後に影が迫る。
「スピードを最大にして、ここを離脱する!」
イクサがエンジンを全開に叩き込む。小型船は弾かれるように前進するが、巨大ザメも正確に追尾し、迫ってくる。
「くそ!」
ハリーが銃を抜き、引き金を引いた。だが、俊敏な動きに狙いが外れ、弾丸は海面を穿つだけだった。
「おい、どうすんだ!」
「全力で逃げるしかねぇ!」イクサが叫ぶ。
再び巨大ザメが跳ね上がり、小型船を押し潰そうと影を落とす――。
「カマイタチ!」
甲板に立つナコが魔杖銃を大きく振り抜いた。瞬間、風の刃が生まれ、突進してきた巨体を後方へ吹き飛ばす。海面に叩きつけられたサメは怒り狂ったように海中へ沈んでいった。
「ナイスっ! 今だ! 離れるぞ!」
イクサが叫び、小型船は全速力で前へ。やがて海は静けさを取り戻し、巨大ザメの姿は見えなくなった。
「おいおい……嘘だろ」
コルトが額の汗を拭う。
「ふぅ、あっぶねー……どうなってんだ。あのサメは大人しい種だったはずなのに」
「やはり生態系に変化が起きているのかもしれんな」ミルトが低く言った。
「とにかく……より一層の注意が必要そうだな」
「あぁ。比較的安全な海域を選んで進める。巨大ザメの歓迎は、もう二度とごめんだからな」
小型船は再び穏やかな波間を進み始めた。だが誰もが心の奥底で、未知の海の不穏さを強く感じていた。
第43話『蒼黒の神殿と動く巨象(前編)』に続く。




