第4話 アゲハ救出計画(前編)
第一章: 『ノワリクト』脱出編
夜の街は、昼間よりもずっと冷たく感じた。
銀河中央高校の寄宿舎からアゲハの家までは歩いて十五分ほど。けれど、ナコの靴音は、その距離を何倍にも長く感じさせた。
アゲハが連行されてから、三日が経過している。ニュースでは、連日禁書についての報道がなされ、ジャコウは未だ出頭はしていない。このままでは、アゲハは一生、光の届かない最地下牢獄に閉じ込められてしまう。
ニュース映像の中で見た、あの表情のない顔が頭から離れない。――あれは、怖さを押し殺していた顔だ。きっと、泣くことさえ許されない状況に置かれているのだろう。
銀河中央区の外れ、古い低層住宅が立ち並ぶ地区。静かに佇む家屋は、三日前に訪れた時と変わらない。唯一の違いは、今が真夜中の時間帯だということだけ。
禁書を盗み出すという大罪を犯した犯人の住む家となれば、真っ先に銀河警察が家宅捜索をしそうなものだが、それが行われた形跡はない。何かがおかしい。そもそもジャコウひとりで禁書を盗み出すことなんて現実的には不可能だ。なのに政府は早々に犯人をジャコウと断定した。妹のアゲハを連行してまで。
周りを見渡してから、アゲハの家のドアに手をかける。施錠は電子式だが、以前アゲハから聞いていた解除コードを入力すると、ドアは静かに開いた。
中は驚くほど静かで、匂いだけが生活の名残を伝えていた。キッチンには洗い終わった皿、テーブルの上には飲みかけの紅茶。誰かが急に消えた、という現実が生々しく突き刺さる。
ナコは迷わず、ジャコウの部屋へ向かった。
――何か、手掛かりになるものがきっとあるはず。
そこは几帳面な性格を映したように整然としていた。本棚は分野ごとに分けられ、机の上には整列した文具。だが、引き出しを探れば、彼がプライベートで使っていたものも出てくるはずだ。
一番下の引き出しを開けた瞬間、ナコは息を呑んだ。
――あった。
そこにあったのは、銀河中央図書館の職員証。そして、表紙が傷んだ古いノート。
「このノートって……」
おもむろにページを開くと、ナコが所有しているもう一冊のノートと同じ不明瞭な地図や、数字の羅列、そして——見たこともない単語が並んでいた。ただ、その形はナコの物とは少しだけ違うように見える。
ノートを手に取った後、机の端に置かれた小型のデジタル端末が目に入った。薄い金属板のような外装に、古い型の光学式キーが並ぶ――ジャコウが個人用に使っていたものだ。
指先で電源を入れると、淡い青色の光が走り、画面にパスワード入力画面が浮かび上がった。
何度か心当たりを試すも、すべてエラー。
ふと、職員証に記載されたジャコウの職員番号が目に留まる。半信半疑でそれを打ち込むと、端末は静かに承認音を鳴らし、中身が開かれた。
そこに残されていたのは、膨大なアーカイブデータだった。
一つ目のファイルには、銀河都市の構造図。三層構造になった巨大都市は、上層が政庁と富裕層居住区、中層が商業・教育・研究施設、そして下層が工業区と低所得者居住区に分かれていた。
さらに、都市全域を縦横に結ぶ星間鉄道の路線図が表示される。光のように高速で惑星間を移動する銀河軌道線、環状に都市を回る環内線、そして外縁部を結ぶ貨物専用ルート――どれも一般には公開されない内部仕様までが細かく記されている。
別のフォルダには「禁止惑星リスト」という赤字のタイトルがあった。開くと、かつて存在したが今は航行禁止とされた惑星の名が並んでいる。その中に、見慣れぬ符号が一つ――《G-7》。
リストの横には、理由欄がすべて「黒塗り」で塗りつぶされていた。
「何をやっている」
背後から低い声が響き、ナコは振り返った。咄嗟に小型端末を鞄に滑り込ませる。
ドアの影に立っていたのは、白く染まりかけた短髪の長身の男――コウダだった。かつて銀河警察の巡査部長を務め、今はこの銀河中央区の外れ、古い低層住宅が立ち並ぶ地区の民間警備主任として働いている人物だ。
「……コウダさん。これは……」
「ナコ……言ったはずだ、この件には深入りするなと」
その声は、感情を抑えている分だけ重く響く。
だが、ナコは拳を握った。
「だって、このままだとアゲハが一生地下牢なんて……おかしいです! ジャコウさんだって、禁書を盗むような人じゃない。何かが隠されている、ふたりはきっと巻き込まれているだけ」
「ナコ……」
「どうしても助けたいんです。政府が言ってること、全部が本当だなんて思えない。私は、アゲハを助ける為なら何だってやります!」
沈黙が落ちた。コウダはナコの瞳を見つめ、その奥にある必死さを探っているようだった。
そして、深く息を吐くと、諦めたように口を開いた。
「……正直、俺も納得していない。俺だって元銀河警察の巡査部長だ。今回の件については、確実に裏があるだろう」
「じゃあ……!」
「だが、これは政府の最高機関の発表だ。現役の銀河警察でも命令には逆らえない。正面からは動けない。……動くなら、裏からだ」
コウダは近づき、机の上の職員証とノートを見つめた。
「アゲハが留置されているのは、銀河中央図書館内の第五層『留置の間』だ。ここは、中央図書館内で罪を犯した物を一時的に拘束する場所として知られている」
「……」
「最高検察庁へ連行されたアゲハの身柄は、ここに移送されたとある筋から聞いているんだ。間違いないだろう」
言葉を区切りながら、コウダは続ける。
「銀河中央図書館は第一層から第七層。一層から三層までは一般エリアで誰でも入ることはできる。四層は一般職員の管理室だ。五層からはセキュリティが堅牢となり、五層『留置の間』六層『悪魔の道』七層『神格の間』と続く」
「『神格の間』……禁書が保管されていた場所……」
「四層までは、ジャコウの職員証でも侵入することはできるだろう……」
少しの沈黙。考えるようにして顔を伏せていたコウダが、ふいに振り向いて、真剣な表情でナコの顔を見つめた。
「この先を聞けば……後戻りはできないぞ、ナコ。無事にアゲハを助け出せたとしても、銀河中に指名手配がかかるだろう……それでも、行くのか?」
「アゲハを、助けたい。ジャコウさんも。それに、私は真実を知りたい」
「……わかった」
「この件には、銀河中央図書館の内部を知る人間が必要だ。ちょうど心当たりがある。元図書館のシステム技師で、今は『銀河軌道線システム管理局』に努めている男だ。名前は――コルト」
その名は、ナコにとって初めて聞くものだった。
「そいつに会え。信用できるやつだが……決して気は抜くな」
「……はい」
アゲハを救い出す。ナコはその想いをしっかりと胸に刻む。
残された猶予は――四日間。
第5話『アゲハ救出計画(中編)』に続く。




