第19話 ストラトバティスの真実(前編)
第二章:禁止惑星 『ストラトバティス』編
崖の縁から身を乗り出したコルトが合図を送る。
鬼の徘徊ルートを見極め、息を合わせると、ナコたちは一斉にホバーボードを滑らせた。夜明けの光がわずかに差し込む中、彼らの影は岩壁に溶け込み、音ひとつ立てずに大穴へと吸い込まれていく。
内部に足を踏み入れた瞬間、空気が変わった。
湿り気を帯びた冷気、鼻を突くような土と苔の匂い。壁や天井は蔦と藻で覆われ、長い年月放置されていたのが一目で分かる。
石造りの通路の両脇には小部屋がいくつも並んでいた。扉は崩れ、内部には割れた椅子やベッドの残骸が散乱している。まるで、かつてここで誰かが暮らしていたかのように。
「……住居、か?」
ソギ―が吐き捨てるように呟いた声は、湿った壁に反響し、不気味な残響となって広がった。
気味悪さを振り払いながら進み続けると、やがて視界が開ける。
そこは巨大な広間だった。
崩れた天井から光が差し込み、藻と茎に覆われた数々の機械が鈍く照り返す。実験施設――その言葉以外に形容できない光景がそこにあった。
ソギ―が目を見開き、声を震わせる。
「こんなもの……見たことがない。なんだこれは……」
コルトとミルトは広間に散らばる機械に歩み寄り、操作盤を覗き込み、埃と苔を払いながら手掛かりを探し始めた。
ハリーは銃を構え、広間全体を警戒する。微かな足音やうなり声に耳を澄まし、鬼が現れた瞬間に全員へ指示を飛ばせるよう緊張を張り詰める。
苔で覆われた古びた装置を叩きながら、コルトが舌打ちした。
「ちっ……起動しねぇか」
その時、ナコの目が止まった。
広間の最奥――他よりもひときわ大きなモニターと操作盤がある。施設の中枢を担っているとしか思えないそれは、周囲の苔や藻が不自然に取り除かれていた。
誰かが最近、触った痕跡。
「……四日前に、大穴を空けたという先行者?」
ナコが小声で呟く。ジャコウさん……いや、断定はできない。だけど確かに先行者が存在したことだけは疑いようがなかった。
モニターの先には、閉ざされた扉が見えた。重厚で、開きそうにない。
ミルトとソギ―が調べたが、機械的にロックされているのは明らかだった。
その時、コルトが操作盤に手を伸ばす。
指先で叩かれたスイッチに反応し、沈黙していたメインコンピュータが低い唸りを上げた。モニターが点灯し、青白い光が広間を照らす。
「……起動しやがった」
コルトの呟きと同時に、画面に文字の羅列が浮かび上がる。
ミルトが食い入るようにモニターを見つめ、驚愕したように声をあげる。
「これは……! 古いデータで見たことがある。銀河共通言語の基礎となったと言われている古代レスポリア語だ」
「解読できるか?」コルトが急かす。
「……やってみよう」
ミルトの指が素早く操作盤を走る。
その間、ナコとアゲハ、ハリーは広間の隅を調べていた。
藻に埋もれた壁際に、小さな部屋を見つける。大きな机、朽ちてはいるが豪華であったろうベッドが残されており、誰かがかつてここで暮らしていた痕跡が漂っている。
「管理者の部屋……だろうか」ハリーが呟き、銃口を下げて中に踏み込もうとした瞬間――
轟音のような咆哮が響いた。
「ッ――!」
反射的に転がり出て、ナコとアゲハも身を伏せる。暗がりから躍り出た影が、部屋の入口を粉砕しながら突進してきた。
「こいつ、この部屋を守ってたのか!」
ハリーが銃を放つ。閃光と轟音。しかし弾丸は皮膚に弾かれ、鬼の咆哮はさらに広間へと響き渡った。
それに呼応するように、外からも複数の咆哮が重なり合い、やがて施設の外を徘徊していた鬼たちまでなだれ込んでくる。
「おいおい! やばいぞ、囲まれる!」コルトが叫ぶ。
「ミルト、解読はまだか!」
「もう少しだ……! 時間を稼げ!」
全員がホバーボードに飛び乗り、広間を縦横無尽に駆ける。鬼の振り下ろす腕、飛び散る瓦礫、柱の破片をかわしながら、必死に持ちこたえる。
ソギ―は槍を構え、背中を向けているミルトの目となる。
「くっそ、もう限界だ、逃げるぞ!」ハリーが叫んだ瞬間――
「……解けた!」
ミルトの叫びが広間に響いた。
彼は素早く指示を飛ばす。
「五時の方向、七時の方向、それぞれ並ぶ端末の左から三番目! 遠隔で起動した! 表示されている『Seal off the area』を『unlock』に切り替えろ!」
「合点!」コルトが叫び、ホバーボードで五時方向へ。
「ナコ、いけるだろ!」
「はいっ!」ナコは叫び、七時方向へ滑り込む。
次の瞬間、ミルトがさらに指示を飛ばす。
「他のやつらは全員、俺の前に集まれ! すぐにだ!」
鬼の爪が掠め、瓦礫が飛び交う中、仲間たちは踵を返し、最奥のミルトのもとへと殺到した。
すり抜けざま、回転しながらナコとコルトがそれぞれ端末の「unlock」に触れる。
轟音。
地面から隔壁がせり上がり、瞬く間に区画を封鎖する。迫りくる鬼たちは隔壁に阻まれ、こちらへ踏み込むことができなくなった。
静寂。
荒い息と鼓動だけが広間に響く。
「……助かった」アゲハが膝に手をつき、安堵の息を吐いた。
ミルトは深く息をつき、仲間たちを見回すと、低く告げた。
「最奥への扉のセキュリティを解除した。この先に――おそらく、ストラトバティスの真実が……あるだろう」
ナコたちは息を呑む。
重厚な扉は、今、静かに彼らを待ち構えていた。
第20話『ストラトバティスの真実(後編)』に続く。




