第18話 鬼の棲み処(後編)
第二章:禁止惑星 『ストラトバティス』編
夜の大地は、ひどく冷たかった。
湿った風が吹き抜け、荒野の岩肌をかすかに震わせる。闇に包まれた景色を裂くように、ナコたちの動力ホバーボードが滑るように進んでいく。
誰もが息を潜めていた。時折、遠くで鬼のうなり声が響く。その度に緊張が張り詰め、武器を握る手に汗が滲む。
それでも幸い、大きな遭遇はなく、夜明け前。
東の空がわずかに白み始めた頃、彼らは目的の地へとたどり着いた。
――ポイントゼロ。
そこは異様な光景だった。
四方を切り立った壁に囲まれた巨大な崖。その底に、まるで時代から取り残されたかのようなピラミッド型の建造物が鎮座している。
風雨に晒され、黒ずんだ石肌には苔のようなものが這い、古代遺跡のような趣を放っていた。だがその存在は、単なる遺跡では片づけられぬ威圧感を纏っていた。
崖の縁に伏せて覗き込んだナコは、思わず息を呑む。
建物の周囲には数体の鬼が、徘徊するようにゆらりゆらりと歩いていた。赤黒い皮膚、異様に伸びた手足、鋭く赤い目、獰猛なうなり声。
さらに建物の一部には、大穴が空いていた。
まるで何かが衝突したか、あるいは意図的に抉り取られたかのように。そこから内部の闇が覗き、崖上の位置からでも奥の構造の影がわずかに見えた。
コルトが低く呟いた。
「……あの削り取られた部分が、飛行物体が落ちたとされる場所だろう。いや――落ちたんじゃないな。あれはわざと穴を開けたんだ。中に侵入するために」
ソギ―は首を振り、苦々しい表情を浮かべる。
「だがなぜだ。入り口はそこにあるだろう? なのに、わざわざ鬼を刺激するほどの衝撃を与えてまで……」
コルトは顎をしゃくった。
「入り口を見てみろよ」
ナコは視線を向け、目を細めた。
ピラミッド正面に設けられた大扉の前には、二体の鬼が直立していた。まるで門番のように、動かず、その姿はただ扉を守るためだけに存在しているかのようだった。
「……予想通り、か」コルトは冷ややかに笑った。
「どういうことだ?」すかさずソギ―が問い詰める。
「鬼の思考回路はおそらく二パターンだ。大半の鬼は人間を見たら襲え、あそこの門番のような一部は、個別の役割……想像するにこの施設の入り口を見張れ。とかだろう」
「鬼に知能はないんじゃ……」
アゲハが声を上げる。そこにすかさずミルトが口を挟んだ。
「思考を制御されている、ということか。だから新たに空けられた穴を気にする素振りもない。……だとすると」
「ま、自然生物ではないわな。自我を持たない……機械人形のようなものだろう。ただし、ロボットとは違う。おそらく、複数の種を掛け合わせて作られた複数同位体」
ソギ―が息を呑む。
「複数同位体……? なんだそれは、分かるように説明してくれないか?」
「……至極簡単に言えば、生物兵器だよ」コルトは小さく肩をすくめる。
「別々の細胞を掛け合わせ、別の種を生み出す。交配、品種改良、遺伝子組み換え……植物でも動物でも日常的にやってることだ。ただし……複数同位体は非人道のな」
「なん……だと、じゃあ、まさか……?」ソギ―の声には怯えが滲む。
「細胞を細かく採取してみなきゃ分かんねぇが、おそらく主となっているのは人……。何らかの目的をもって行われた人体実験の成れの果てだろう」
コルトの声音は重かった。
「考えたくはねぇがな」
「ひど……すぎる……」
沈黙が走る。ナコもアゲハも、ソギ―すら言葉を失った。
コルトはさらに続けた。
「……続きがある。こうやって生み出された生物兵器の類は、まず間違いなく脳に制御チップを埋め込まれている。思考を持たない殺戮兵器とするためだ。そのチップの種類はいくつもあるだろうが、鬼の場合は――自我の抑制と、絶対命令だろう」
「絶対命令……」
「あぁ。奴らは延々と、頭の中のチップから命令され続けてるんだよ。人間を見たら殺せ、と。あそこにいる門番どもは、門を守れとでも命令されてんだろう。二千年もの間、朽ちることもなく、な」
ソギ―が唾を飲み込む音が、やけに大きく響いた。
「くっ……。じゃあ、目的は何だ。なぜそこまでして、この施設を守らせる、人間を襲わせる!」
「おそらくは二千年以上前になんらかの理由で建てられた、この施設を維持するためだろう」コルトの目が、冷たく光る。
「中に入るぞ。確かめるんだ。……幸い、あの削り取られた穴からなら問題なく侵入できそうだしな。何かがわかるかもしれねぇ」
第19話『ストラトバティスの真実(前編)』に続く。




