第14話 ストラトバティスの鬼(前編)
第二章:禁止惑星 『ストラトバティス』編
穴倉の中――湿った土と焚火の匂いが漂うその空間に、十数人の人類種が息をひそめてナコたちを見つめていた。目は怯えと警戒に揺れているが、それでも彼らの視線の奥にはかすかな期待があるように見えた。自分たちとは違う何者か――そんな存在に縋るしかないほど、この惑星での暮らしは過酷なのだろう。
沈黙を破ったのは、穴倉へと導いてくれた若い男だった。槍を手に、一歩前へ出る。
「お前たち、どこの集落から……いや、違うな……」
その言葉にコルトが口角を歪めた。
「ほう、察しがいいな」
ソギ―と名乗ったその若者は、ナコたちの装備を細かく観察する。服装、腰のホルスター、そして足元に立て掛けられたホバーボード。彼の眼差しは鋭く、次第に確信へと変わっていった。
「その身なりも、その板のような道具も、見たことがない……何者だ」
「隠すつもりはない」コルトが低く言った。「俺たちはエストリプス銀河最大惑星、ノワリクトという星からここに来た。禁止惑星への接触は本来タブーなんだが……生憎、俺たちは全員銀河指名手配犯でね」
指名手配犯、という言葉が落ちた瞬間、周囲の人間たちが一斉にざわめいた。槍を構える者もいれば、子供を庇うように抱き寄せる女もいた。その場の空気は一瞬で緊張に満ちる。
しかしソギ―は腕を振り上げ、彼らを制した。
「惑星外からの来訪者、か……にわかには信じがたい。だが、嘘を言っているようにも見えない。例の一件のこともある」
「例の件だと?」コルトが眉をひそめる。
ソギ―は槍を構えたまま、鋭く問いかける。
「質問に答えてもらう。お前たちの目的はなんだ」
重苦しい沈黙が流れた。槍の穂先が、じりじりとナコたちの胸元に近づく。
「……ある人物を追っている。この星に来た可能性があるんだ」コルトは低く答える。「さっき言っていた“例の件”、何か心当たりがあるんじゃねぇのか」
ソギ―は目を細めるが、それ以上は答えず吐き捨てるように言った。
「……まぁいい。まだ外で“やつら”の咆哮が響いている。あれが消えたら、お前たちにはこの集落を出て行ってもらう。後は好きにしろ。ただ――せいぜいやつらには見つからないことだ」
「やつら……あの外の獣どもか、二足歩行の巨体の獣、ありゃなんだ? お前たち以外の人類種はどこにいる? 外の廃墟は?」コルトが食い下がる。
ソギ―の表情は厳しくなり、短く答える。
「質問が多いな」
「街があって、人類種がいるってこたぁ……やつらはもともとこの星にいなかったんじゃねぇのか」
コルトは鋭い眼差しで探るように言った。
「どうみたって知能があるようには見えねぇ、あんなんが元から住み着いてたんなら、地上に街なんか作られてなんていないだろう」
「…………」
だがソギ―はしばし沈黙し、低く言い放つ。
「やつらがいつからこの星に住み着いているのかは知らん。我々が生まれた時には、もうすでにこの状態だった。人々は怯え、逃げ、隠れ、地下の穴倉でひっそりと暮らす……」
ソギ―は続ける。
「森に食料を調達しに行っては、何人かは帰ってこない……。やつらは人を見つけては襲いかかり、貪り喰らう。我々は奴らのことを“鬼”と呼んでいる」
「鬼……」ナコはその言葉を繰り返した。声には震えが混じっていた。
「我々人類種は小さな集落を作り、こうして身を寄せ合って暮らすしかない。ここは……そういう星だ」
「ひどい……」アゲハが唇を噛む。
「やつらは群れをなすのか? それとも単独で動くのか」コルトが問い詰める。
「わからん。ただ鬼同士で多少の意志の連携はあるのだろう」ソギ―は答えた。
「だろうな。俺たちが追われた時も、咆哮に呼応して続々と集まってきやがった。あれは仲間への合図なんだろう」コルトは唾を吐き捨てるように言った。
――その瞬間だった。
大地が揺れた。穴倉全体が軋み、壁の土がぱらぱらと崩れ落ちる。人々の悲鳴が重なる。まるで巨大な獣が地上で跳ねているかのように、地面が周期的に震えていた。
「……ッ!」ソギ―の表情が凍る。
耳を澄ますまでもなく分かる。上だ。鬼どもが、この真上に集まってきている。何匹もの巨体が地面を叩き割るように跳びはね、穴倉の天井を突き破ろうとしている。
「まさか……ここに気づかれたのか」
土壁が大きく崩れ、空気がひゅうっと吸い込まれる音が響く。
このままでは、集落ごと押し潰される。鬼どもは人間の匂いを嗅ぎ取り、地中深くの彼らを狙っていた。
第15話『ストラトバティスの鬼(中編)』に続く。




