早起き
三題噺もどき―ななひゃくにじゅうはち。
「……」
まだ少し重たい瞼をこすりながら、体を起こす。
ぎし―と小さくベッドが悲鳴を上げるが、今に始まったことではない。
思考は回っているようで回っていないような……曖昧だ。
ヘンな夢を見たような気もするが、そうでもないような気もする。覚えてもいないので確認のしようがない。
「……」
カーテンの隙間から、白い光が差し込んでいる。
夕日の沈み始めた時間ではあるだろうが、空はきっとまだ青い。
夏休みの今は聞こえないが、子供たちの走る足音が響くような時間だ。
「……、」
いつの間に蹴っていたのか、布団の端の方にまで追いやられていた夏用のブランケットを引っ張る。冷房が効いているので、今の状態だと少し冷えてしまう。
それでも暑いから蹴ったのだろうけど。
「……」
薄暗い程度では何の枷にもならない夜目の利く視界の中に入る時計は、いつもより早い時間を刺している。
寒くて目が覚めたような感覚はなかったが……これは冷えたせいで起きたのだろう。
暑苦しいのか寒いのか、どちらかにしてほしいものだ。
「……」
見上げた時計と一緒に視界に入る鳥籠の中は、すでに空っぽだった。
扉は鍵もかけられず開けっ放しで、冷房の空気に押されてか、少し小さく音が鳴る。
もう起きたのか……と、そう思ったのと同時に。
「―あ。おはようございます」
「……」
いつまでたってもノックを覚えない来訪で、その姿を確認できた。
洗濯物を片付けに来たのか、片手に何枚かの布が重ねられていた。
のれんに腕押しもいいところなので、もう言わないのだが……いい加減ノックというのを覚えてもいいんじゃないだろうか、コイツは。
「……起きたんですか?」
「……あぁ、おきた。おはよう」
返事がないことを訝しんでか、そんなことを聞いてきた。
身体が起きているのだから、起きているに決まっているだろう。
……いや、そうでもないか。
「……ほんとに起きてます?」
「――ふぁ……おきてるよ」
口だけが動いているとでも思っているのか。
確かにまだ少し頭が眠っているような感覚はあるが、コイツとの会話のおかげで覚醒に近づきつつある。
「……そうですか」
やっと納得したのか、手に持っていた洗濯を片付け始める。
どれも黒い服ばかりで、見分けがつかないな。
特にこの夏場は結構似たような素材の服ばかりなところもあるから尚更。
「……あ、それ」
「……これ?」
最後の一枚を片付けようとしたところに、思わず声が出た。
すこし前に買った半袖のアンダーシャツなのだが、これがとても涼しくて快適でとても楽でいい。なんとなく、外に出るときもアレ一枚では行けないだろうかと思っている。
コイツに止められるので出来ないのだけど。
「……あとできるから……ふぁ……風呂場に置いておいてくれ」
「分かりました」
そういいながら、片づけた。
……なんで片づけた?
「もう既に置いてあるので、置いてあるのを着てください」
「……お前」
何て意地悪な奴だ。
今に始まったことじゃないにしても。
「起きたのなら、先にシャワー浴びますか」
「……後でいい」
煙草も吸わせないつもりだったのか。
何て奴だ。悪魔か。……蝙蝠だな。
「タオルも置いておきますね」
「あぁ、」
そう言い残して、部屋から出て行った。
口角が上がっていたのは見なかったことにしておこう。
「……ご機嫌だな」
「いつもと変わりませんよ」
「……いつもご機嫌ということか」
「そうですね」
「……」
お題:のれん・アンダーシャツ・洗濯




