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ぴゆうちやんととんちやんと贋地藏

〈鴫焼の季節遥けし勘案よ 涙次〉



【ⅰ】


 ペットショップで、彼は確かに王であつた。虛しい虛しい王だつたとしても。

 とんちやんに出來る事は、大體人間にも出來る事ばかりであつた。他の動物たちにとつてみれば、とんちやんの振舞ひは、余計ごとになつてしまつてゐた。

 とんちやんはその事に氣付いてゐた。あゝ、僕がこんなに肥つた♂豚でなかつたら、何を勘違ひしたか、とんちやんはさう一人ごちるのであつた。

 テオはぴゆうちやんと、彼を見舞つた。その度に「良カツタネ、良カツタネ」と、ぴゆうちやんが繰り返すので、テオ、これでいゝのだ、と自得するしかない。


 さて、今回は彼らと、贋地藏の物語。

 日本の神話(決して誰ぞ髙僧の法話、ではない)では、地藏は弱い者、特に子供の守り神だと云はれてきた。大人になれないぴゆうちやんは、地藏と會つてみたいのだけれど、取り敢へず今は倖せな彼に、地藏謁見の機会は、ない。

 その間隙を縫つて、贋の地藏が、魔界で手ぐすね引いて、待つてゐた。



【ⅱ】


 贋地藏は、子供の味方、と云ふイメージを巧みに利用して、その子らから魂を簒奪してゐた。もしも、ぴゆうちやん、彼と會つたなら、彼自身「やられて」ゐた筈だ。だが、その事を豫見する者がゐた。

 カンテラ、である。カンテラは、「シュー・シャイン」の調査で、魔界にそんな奸物のゐる事を、事の起こりの前に知つてゐた。なるべく、氣を付けるやう、テオには云ひ含めてゐた。何となれば、幼い儘のぴゆうちやんと共に行動すれば、その奸物には必ず行き当たるだらうからだ。


 魂を簒奪さへされなければ、人間(ぴゆうちやんとテオは人間ではなかつたが)、何となくは、自分の意志を保てるものだ。然し、簒奪されゝば、そこから先は、カンテラなりじろさんなり、大人の出張る領域になつてしまふ。



【ⅲ】


 或る日、テオは、とんちゃんと引き合はせるべく、(くだん)のペットショップに、カンテラを連れて行つた。さぞかし幸福な現在なのだらう、とカンテラの思ひきや、とんちゃん、「貴方がカンテラさん? なら僕を斬つてしまつた方が、いゝですよ。貴方になら出來る筈」と云ふ。

 カンテラは、一生懸命に生きてゐる、他の動物たちの手前、それはないだらう、ととんちやんを叱る事も出來ない。これは、一體、だうした事か。

 天才の脳の無駄遣ひをしてゐる、としか思へない。自分勝手に、この世に倦んでしまつてゐる。自滅願望は、カンテラの最も忌み嫌ふ事であつた。



 ⁂  ⁂  ⁂  ⁂


〈豚と云ふ種族丸ごと地の精とするかつてそんな教へがありし 平手みき〉



【ⅳ】


 とんちやんには、多くの同胞たちの、屠殺場へ消える、その脊が、余りに戀しいのであつた。自分だけが助かつて、無用の長物になり下がつてゐる事に、耐えられない。挙句の果てが、贋だと分かつてゐても、贋地藏に頼る、【魔】にとつてこれ程好都合な事のない方向へ、自分を引つ張つてしまつてゐた。

 或ひは- カンテラは彼の云ひ分を聞いて、彼を斬つてしまつても良かつたやも知れぬ。とんちやん、己れの天才を弄ぶ、あり余る時間の只中にゐた。テオにも、それは「思考」=テオの得意な事、よりも、「直感」でそれは分かつてゐた。だから、と云ふのは後付けであつても別にいゝ、カンテラをとんちゃんに引き合はせたのだ。



【ⅴ】


 贋地藏は、救ひの神の相を、尠なくとも、とんちゃんには向けてゐた。とんちゃんは、魂を彼にくれてやる、と云ふ程、この世を儚んでゐた。だがさうすれば、テオの恩情には脊く事になる。テオは、あ、このヒト、もういゝや、と思ふ寸前まで、追ひ詰められてゐた。


 ぴゆうちやん、そんな難しい事は、彼の理解の範疇を超えてゐたにせよ、妖魔(彼は妖魔だつたのだ!)獨自の嗅覚を以て、とんちゃんと贋地藏からは距離を置くべきだつた。

 誰も彼もが、幸福の幻影に踊らされてゐた。自分を不幸だと規定してゐる、とんちやんですらが、さうなのだ。手に届かぬ物、世の金言に依れば、それは手に届かぬから金の輝きをするのである。


 贋地藏は、人間界にまで魔手を伸ばし掛けてゐた。君繪を持ち出す迄もなく、親に見棄てられた子は、ほうぼうにゐる。それをごつそり、自分の配下に就けてしまはうとする、贋地藏の危険さよ!



【ⅵ】


 結果、カンテラはとんちやんを斬つた。彼は哀れな豚として、人々の記憶にすら昇らぬ、暗渠で死んだ。贋地藏は、手蔓を失つた。ペットショップ脱走の手引き迄してゐたのに...


 カンテラとじろさん、多くの子供たちの迷へる靈を、きちんと元の場所に戻すのに、余りに草臥れた。だが、それは、大人として、やつて置かねばならない事だつた。じろさんが、迷子の靈を導いて本当の在りかに戻してゐる間、カンテラは、贋地藏と対峙してゐた。なかなか、斬れぬ。菩薩の名を騙るだけあつて、贋地藏はしぶとかつた。


 とんちやんの靈、靈になつてやうやく氣が付いたか、カンテラを助けた。「お地藏さん、僕なら生きてゐるよ、ほら」...

 贋地藏、錯覺に継ぐ錯覺で、頭が混乱した。それは、

 生に倦んだとんちやんの「最後つ屁」だつた。カンテラの太刀に吸い寄せられるが如く、贋地藏は斬られた。「しええええええいつ!!」-これは、もしかすると、とんちやんの思惑、その儘だつたかも知れない。天才豚は自滅したが、決してこの世の惡を許さなかつた、と云ふ點では、彼は勝利者であつた...



【ⅶ】


 後はぴゆうちやんの「トンチヤン、オ星サマニナツタンダネ」と云ふ、彼に殘された唯一の繪空事に付き合つてあげる、それが大人としての、テオの為すべき事だつた。



 ⁂  ⁂  ⁂  ⁂


〈老鶯を追つ掛けてゆく終はり人 涙次〉



 お仕舞ひ。ちと哲學込め過ぎ? まあご勘弁の程を。あ、さうさう、肝腎の仕事料、解放された子供たちの魂が帰つたお宅から、頂きました。Fin。


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