売れるコロッケ
月曜日の夕方。閉店作業を終えたあと、なぜか気が向いて歩いてみた。
最近どうもツキが悪い。仕入れは遅れるし、釣り銭も切らすし、昨日は道ばたで鳩にフンまで落とされた。
「……よし、今日からあのコンビニやめよう。明日からは駅前のにしよう」
そんなことを思いながら歩いていた。
裏坂の途中、小さな神社がぽつんと建っていた。
境内には誰もおらず、鳥居の先にひっそりとした社と古びた賽銭箱。
「初めて見る神社だな……こりゃ、ご利益あるかもしれんな……」
口癖のように独りごちる。験担ぎは昔からの癖。
釘を踏んだ日はカツ丼、売上が悪ければ左足から靴を履く。
細かいルールが妙に多いのは、人生にちょっとした制御感を持たせたいだけだ。
「ま、騙されたと思って。商売、うまくいきますようにっと……」
そうつぶやきながら、小銭を賽銭箱に入れた。
自分が神様なら絶対皆のお願い位叶えてあげるのに
そのとき、手にしていた茶封筒――売上金の入った封筒が、ぽろりと滑り落ちた。 コロン、と音を立てて賽銭箱の裏へ転がっていく。
だが本人はそれに気づかず、神社を後にした。
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火曜日。
朝から客足が妙に多かった。特に理由もないのに、昼には列ができていた。 「えらい賑わってるな……」 と呟きつつも、理由は分からなかった。
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水曜日。
客の波は引く様子を見せなかった。
「……今日も人多いな、なんだってんだ」
ぼやきながらも、手は止まらなかった。
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木曜日。
朝から並んでいる客がいた。普段は午後から来るような顔ぶれまで、朝の開店に集まっていた。 「……なんでだ?特売でもしてたか?」 首をかしげながらも、注文をさばき続けた。
昼過ぎには、すでに明日の分の材料が足りない気がして、頭の中で計算を始める。
「もういい、験担ぎどころじゃない。今はとにかく仕込みだ!」
閉店後、大量のじゃがいもをむきながら、明日を想像してため息をついた。
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金曜日。
客の会話の中に「願いが叶った」「就職決まった」「彼氏できた」など、不思議なフレーズが混ざるようになった。 「願いが叶うコロッケって本当だったんだ!」 「昨日食べて宝くじ当たったって人いたよ!」
店主は聞こえていないふりをしながら、忙しなく油を見ていた。
テレビ局が勝手に取材に来た。 「現代のパワーフード」「奇跡の揚げ物」などと持ち上げられ、 テレビには『開運コロッケ』のテロップが躍る。
「おれ、ただの肉屋なんだけどな……」
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土曜日。
行列は最長で80人。店の前には警備員まで立つ始末。
もう何が何だか分からなくなっていた。
「おいおい、明日からまた仕入れ増やさなきゃか……」
と呟いたその夜は、コロッケの匂いが服にも髪にも染みついていた。
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日曜日。
朝から行列は伸び続け、昼には店の前を折り返していた。
裏で揚げるたびに、表で売れていく。 「揚げた端からなくなるってのは、こういうことか……」
夕方には、もう誰が何を頼んだのかも曖昧になるほどの混乱。
それでも、客は笑っていた。
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月曜日。
疲れはピークを越えて、もはや無だった。
曜日日の感覚も、昼と夜の境界も曖昧になっていた。
「こんなに売れるなら、もはや神頼みも必要ないな……」
などと冗談めかして呟きながら、休憩も取らず手を動かし続けた。
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火曜日の朝。
帳簿を見ていた店主は、冷や汗をかいた。
「えっ……8万……ない!?」
昨日まで確かにあったはずの売上金の封筒が、忽然と消えていた。
あの神社だ。月曜日のことが頭をよぎる。
確かに、あのとき何か落としたような――。
そのときだった。開店準備をしていたカウンターの前に、男が立っていた。
スーツ姿で眠そうな顔。だが手には、あの茶封筒を持っていた。
「これ、落とし物。あなたのですよね?」
「えっ……あ、はい!どこで……!」
男はにこりともせず、小さくうなずいただけだった。
「運、いいですね。それと……」
去り際、男はふと立ち止まり、肉屋を指差した。
「そのコロッケ、もう少し高くしてもいいと思いますよ。120円とか」
そして、何か思い出したようにポンと手を叩き、無言で立ち去っていった
「最近本当についてるな」
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