表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
5/12

売れるコロッケ


月曜日の夕方。閉店作業を終えたあと、なぜか気が向いて歩いてみた。

最近どうもツキが悪い。仕入れは遅れるし、釣り銭も切らすし、昨日は道ばたで鳩にフンまで落とされた。

「……よし、今日からあのコンビニやめよう。明日からは駅前のにしよう」

そんなことを思いながら歩いていた。


裏坂の途中、小さな神社がぽつんと建っていた。

境内には誰もおらず、鳥居の先にひっそりとした社と古びた賽銭箱。


「初めて見る神社だな……こりゃ、ご利益あるかもしれんな……」


口癖のように独りごちる。験担ぎは昔からの癖。

釘を踏んだ日はカツ丼、売上が悪ければ左足から靴を履く。

細かいルールが妙に多いのは、人生にちょっとした制御感を持たせたいだけだ。


「ま、騙されたと思って。商売、うまくいきますようにっと……」


そうつぶやきながら、小銭を賽銭箱に入れた。

自分が神様なら絶対皆のお願い位叶えてあげるのに

そのとき、手にしていた茶封筒――売上金の入った封筒が、ぽろりと滑り落ちた。 コロン、と音を立てて賽銭箱の裏へ転がっていく。


だが本人はそれに気づかず、神社を後にした。



---


火曜日。

朝から客足が妙に多かった。特に理由もないのに、昼には列ができていた。 「えらい賑わってるな……」 と呟きつつも、理由は分からなかった。



---


水曜日。

客の波は引く様子を見せなかった。

「……今日も人多いな、なんだってんだ」

ぼやきながらも、手は止まらなかった。



---


木曜日。

朝から並んでいる客がいた。普段は午後から来るような顔ぶれまで、朝の開店に集まっていた。 「……なんでだ?特売でもしてたか?」 首をかしげながらも、注文をさばき続けた。


昼過ぎには、すでに明日の分の材料が足りない気がして、頭の中で計算を始める。


「もういい、験担ぎどころじゃない。今はとにかく仕込みだ!」


閉店後、大量のじゃがいもをむきながら、明日を想像してため息をついた。



---


金曜日。

客の会話の中に「願いが叶った」「就職決まった」「彼氏できた」など、不思議なフレーズが混ざるようになった。 「願いが叶うコロッケって本当だったんだ!」 「昨日食べて宝くじ当たったって人いたよ!」


店主は聞こえていないふりをしながら、忙しなく油を見ていた。


テレビ局が勝手に取材に来た。 「現代のパワーフード」「奇跡の揚げ物」などと持ち上げられ、 テレビには『開運コロッケ』のテロップが躍る。


「おれ、ただの肉屋なんだけどな……」



---


土曜日。

行列は最長で80人。店の前には警備員まで立つ始末。

もう何が何だか分からなくなっていた。


「おいおい、明日からまた仕入れ増やさなきゃか……」

と呟いたその夜は、コロッケの匂いが服にも髪にも染みついていた。



---


日曜日。

朝から行列は伸び続け、昼には店の前を折り返していた。

裏で揚げるたびに、表で売れていく。 「揚げた端からなくなるってのは、こういうことか……」


夕方には、もう誰が何を頼んだのかも曖昧になるほどの混乱。

それでも、客は笑っていた。



---


月曜日。

疲れはピークを越えて、もはや無だった。

曜日日の感覚も、昼と夜の境界も曖昧になっていた。


「こんなに売れるなら、もはや神頼みも必要ないな……」

などと冗談めかして呟きながら、休憩も取らず手を動かし続けた。



---


火曜日の朝。

帳簿を見ていた店主は、冷や汗をかいた。

「えっ……8万……ない!?」

昨日まで確かにあったはずの売上金の封筒が、忽然と消えていた。


あの神社だ。月曜日のことが頭をよぎる。

確かに、あのとき何か落としたような――。


そのときだった。開店準備をしていたカウンターの前に、男が立っていた。

スーツ姿で眠そうな顔。だが手には、あの茶封筒を持っていた。


「これ、落とし物。あなたのですよね?」


「えっ……あ、はい!どこで……!」


男はにこりともせず、小さくうなずいただけだった。


「運、いいですね。それと……」


去り際、男はふと立ち止まり、肉屋を指差した。


「そのコロッケ、もう少し高くしてもいいと思いますよ。120円とか」


そして、何か思い出したようにポンと手を叩き、無言で立ち去っていった


「最近本当についてるな」



---



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ