光る手
火曜日。放課後、学校帰りの道で、100円玉を握りしめて肉屋に寄った。
なんとなく、店頭に並んだ揚げたてのコロッケが美味しそうだったから。
家に帰るまで待てず、歩きながら食べた。
「うめえ……」
その一言と同時に、指先がじんわり熱を持ち始めた。
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水曜日。
帰ってからゲームをつけてみたら、いきなり違和感があった。
格闘ゲームで、今まで一度も出せなかった超必殺技が、指を動かす前に暴発していた。
「えっ、今の……俺じゃなくね……?」
10連勝。20連勝。
何かが、明らかにおかしい。
近所のゲーセン仲間やクラスメートに言いふらして回った。 「昨日コロッケ食べたら、急に手が動くようになってさ!マジでやばいって!」
誰も本気にはしてなかったけど、「とりあえずその店教えて」と言われてちょっと得意になった。
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木曜日。
学校帰りに寄ったゲームセンターで、知らない大人に声をかけられた。
「君、凄いね。今のプレイ、プロのレベルだよ。何か特別な練習でもしてるの?」
思わず、とっさに言ってしまった。
「……コロッケ、食べたからです!」
「……コロッケ?」
男はきょとんとしたが、なぜか納得したように名刺を差し出してきた。
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金曜日。
学校にプロチームから正式なスカウト状が届いた。
放課後、校長先生から職員室に呼び出され、なぜか真顔でこう言われた。
「コロッケが、きっかけだったそうだな?」
「……はい?」
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土曜日。
新聞の地方面に、自分の記事が載った。
> 『奇跡の指先、光るコロッケ少年』
『コロッケ食べて変わった――地元中学生の告白』
一言もそんなこと言った覚えはないのに、写真の下には「コロッケの魔力」と書かれていた。
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日曜日。
全国放送のテレビ番組に呼ばれた。
司会者が満面の笑みで聞いてくる。
「ねえねえ、どの瞬間から、ゲームがうまくなったって思ったの〜?」
「ええっと……火曜日に……コロッケ食べてから……」
スタジオ、大ウケ。
テロップには【コロッケきっかけ少年】の文字。
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月曜日。
肉屋の前に人だかりができていた。
「ここだよここ、あの子が食べたコロッケの店!」
「私も買おう。息子の将来のために!」
「握力強くなりたいから4個!」
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火曜日。
静かになった町に、自分ひとり。
家に届いたのは、プロチームとの正式契約書。
だけど、手はもう、光っていなかった。
コロッケを食べたのは、たった1回。
それで、夢みたいな1週間が終わった。
そして、肉屋には新しい張り紙が出ていた。
> 『コロッケ 120円になります(プロ志望多発のため)』