表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
5/11

5 俘の術司

「……凄い美形。これで、男かよ」

 ヒューが、ソーヴェの映しだす王子の姿に、大真面目な批評を下す。

 傍らで、聖獣もそれを肯定するように、大きく頷いている。

 白く整った顔に、青い瞳。赤くふっくらとした唇。柔らかに背を覆う金色の巻き毛。

 すんなりと伸びた肢体には、一部の隙もない。しなやかに鍛えられた獣の如き覇気をまとって、優雅にこの国の王子が佇んでいた。

 が、ソーヴェの反応だけは、二人(?)と異なっていた。

「なるほど……。こいつは、手強そうだな」

「ソーヴェ……?」

 驚きを隠せない様子で、ヒューがソーヴェを見上げる。

 外見はともかく、ソーヴェは女である。これだけの美形を見て、このずれた反応には、驚くばかりである。

「こいつ、私達が見ていることに気付いている。見てみろ、嘲笑(あざわら)ってるだろうが」

 言われて、改めて観察してみれば、確かにその口許には、薄い冷笑が刻まれていた。

「ソーヴェは冷静だな。これだけの美形見て、ときめいたりしないのか?」

「馬鹿らしい。人間上辺では無いぞ」

 言われて、また改めて気付いた。ソーヴェの他と全く異なる姿に。

 自身の経験に基づくものであろう、その言葉には重みがあった。

 色々と有り過ぎて、意識することが無かったための失念に、ヒューは唇を噛んだ。

「ごめん、ソーヴェ。俺、考えなしだった」

「何が?」

「だって、あの──」

「私が言いたいのは、人間外見に惑わされれば馬鹿を見ると言うことだ。人の心根の美醜が、真の人の美しさだ」

 ふ、と、溜息が吐かれる。

「もっとも、人は弱いから、そうと分かっていてもなかなか実行には移せんがな」

「……そうだな」

 透視(とおみ)の水鏡を消しながら、ソーヴェが口を開く。

「さて、そろそろ行くか。明日の朝迄には、片付けないとな」

「明日の朝ーっ!?」

「たらたらやっていられるか? 私は急いでいるんだ。それに、ヒューの事もある」

「俺?」

「そうだ。お前のことも調べなければならん。導師(グル)でも確かなことが分からんのだからな。ここでランスの休養が終わったら、ヒューの国へ行こう」

 ふ、と、再度溜息が吐かれる。

「せっかく北の大陸に入ったのに、南に引き返す事になるとは、思わなかった……」

「すまん。迷惑をかける」

「いい。気にするな。子供の面倒を見るのは、好きだ」

「でも、俺は子供じゃ──」

「それ以上言うな。お前が大人だと思うと、やる気が(なえ)える」

 げんなりとしたソーヴェの言い方に、苦笑する。

「~~ソーヴェって、本当に変わっているな」

「言うな。ヒューも、十分変わっているぞ。普通、術の心得も無い者がこんな妙な状態に置かれたら、恐慌きたすぞ。平然と受け入れおって。呆れて物も言えぬ」

「悪かったな。お互い様だろうが」

 拗ねて言うヒューの頭を、ぐりぐりとソーヴェが撫でる。本当に、ヒューが可愛くて仕方ないらしい。

「ランス。ヒューと、大人しく留守番しててくれ」

 ソーヴェの言葉に、ヒューが驚愕する。

「ソーヴェ!? 俺を置いていくつもりか!?」

「当たり前だ。術司同士の闘いに、ただの人間を連れていけるか。危なっかしい」

導師(グル)は、一緒に行けと言っただろう!!」

「……旅の道連れにすることまでは譲歩したが、闘いに伴うことまでは譲歩していない」

「俺は、男だ。女性を守るのは、男の仕事だと言ったじゃないか!!」

「それは、連れ合いや子供のことだ。私は、ヒューとは無関係だ」

 言いざま、ソーヴェの腕が、宙を優雅に舞う。

「いいか、付いてくるなよ。もっとも、追えはしないだろうがな」

 言った瞬間、ソーヴェの背後に虹色の亀裂が走る。淡い銀蒼の光を全身に纏ったソーヴェが、その中に溶けたのは同時であった。

「ソーヴェ!!」

 ヒューの叫びは、空しく宙に散った。




   *




「フム……。間違えませんでしたね」

 にっこりと王子が微笑む。人を魅惑せずにはおれぬ、コケティッシュな笑み。

「たいがいの術司は、王宮の私の部屋へ跳んで、その後慌てて痕跡を追って、こちらに跳んで来るのですがね」

 王宮とは正反対に位置する険しい山中に、二人は同時に姿を現した。

「お褒め頂いて光栄です。ライオット‐ライ‐ハン‐ティセー王子」

 恭しく礼をとって、ソーヴェが頭を下げる。

 対する王子が、楽しそうにソーヴェを見下ろす。

「くく……。人を食った方だ。私が、ライオット王子本人でないことには、とうに気付いておろうに」

「おや、そうですか? ぜんぜん気付きませんでしたが……」

「とぼけるな。私と比するに足る術司であることは、わかっておる。私は、からかわれるのは、好まない」

「……そうらしい。余裕の無い人生を歩まれたらしいな、()術司(じゅつし)殿は」

 穏やかな言葉のやりとり。

 だが、それとは正反対に、行動は実に過激。

 凄まじい勢いで飛んできた巨大な岩を、ソーヴェが片手で空中に停める。

 残る片手で、小さな印を結ぶ。同時に、口から裂帛の気合が上がる。

 鋭い破片となった岩が一斉に、王子の姿をその身に映した()術司(じゅつし)に向かって(はし)る。

 それを、上空からの強い気流で、大地に叩きつける。

 粉々になった大岩は、さらさらと風にさらわれて、二人の足元を流れた。

「……」

 沈黙に、激しい敵意が剥き出しになった。

「やっと、見つけた」

 先に口を開いたのは、ソーヴェ。

 その瞳に酷く好戦的な光を浮かべて、歓喜に小さな笑いを漏らした。

「この波動……。お前が、私の、探し続けていた仇だ」

「な……に?」

「忘れたとは言わせぬ!! 生まれたばかりの私の小さな弟と母を手にかけた上に、私に仮死の術を施した呪術師。……私から、全ての自由を奪った者──」

 ソーヴェの体から、ぶわりと波動が漏れる。

「決して……決して赦さぬ!! この三年、お前を見つけ出し、この手で封じることだけを考えて、生きてきた!!」

「この私の、仮死の術を(ほど)いただと?」

 ()せぬとの呟き。

「この姿が、その証だ。お前の能力封じの呪力を、外見の変化に転化した。……術を司る能力を失う訳には、いかなかったのでな──」

 ソーヴェの全身が、銀蒼の炎に包まれる。

「お前を、この手で滅するためにっつ!!」

「貴方、いったい何者です?」

「封術司“無の騎士”、(せい)のソーヴェ。……“銀蒼の炎シルヴァブルー・フレア乙女(レイディ)”、そう名乗れば、嫌でも覚えがあろう?」

 驚愕に、()術司(じゅつし)の瞳が開かれる。そして、その唇に、酷薄な笑みが掃かれた。

()()に、()()に、()()に通じる。()術司(じゅつし)とは、即ち死の術司! それほど死んだ者が愛しいのであれば、すぐに同じ処に送って差し上げましょう」

 嬲るような言葉にも、ソーヴェは退かなかった。

「……あの時は、弟と母を喪った哀しみに、後れを取ったが、今度はそうはゆかぬ。私を舐めてかかると、大火傷するぞ!」

 銀蒼色の炎になびく真白な長髪、照り映える青白い肌。

「……もっとも、お前は、その程度では済まさぬがっつ!!」

 裂帛の気合と共に、優雅に宙を舞っていた腕が止まる。

 差し上げた掌に、身に纏っていた銀蒼の炎が凝縮される。

 そんなソーヴェの姿に、()術司(じゅつし)の口許には、非難するような笑みが浮かべられた。

「惜しげもなく、自らの姿を捨てたものよ」

「たかが皮一枚。こだわるほどのことか!」

「私は、貴方の姿が気に入っていたのですが……」

 ()術司(じゅつし)の腕にも、闇を凝縮したような炎が宿る。

「自らの名も名乗らずに消えた礼儀知らずに褒められても、おぞけが走る!!」

 ソーヴェの腕で、とぐろを巻いた銀の龍が、大きく身を起こす。

 攻撃態勢。

「女性とは思えぬ、気の強さ。……だが、より気に入りました」

 語る腕には、闇色の龍。

 銀の龍に対するように、大きく鎌首をもたげる。

「我が名は……、リドゥーラ‐ヴァン‐イーヌ。“闇の貴公子”と呼んでいただけると重畳です」

 二人の術司のちょうど中間で、二匹の龍が激しく絡み合う。互いを喰らいつくそうと、熾烈な攻撃を加え合う。

「“闇の貴公子”? 御大層な名だ。それが望みとあらば、死の寸前までは呼んでやるよ」

 ゆるゆると語られる言葉。

 が、二人の間には、張り詰めた激しい闘気。

 一瞬の隙がそのまま死につながる、凄まじい術のぶつかり合い。

「貴女の、本当の姿が見たいですね」

「自分でやっておいて、ご託をぬかすな!」

 ソーヴェの怒りが炸裂する。

 銀の龍から、巨大な炎が立ち上る。銀の龍が、その体を大きく膨らませる。

 リドゥーラが、苦く舌打ちし、その場を飛び退いた。

 銀の龍が、闇の龍を丸呑みし、その身に同化する。

 それでも満足せず、その術を司ったリドゥーラに襲い掛かる。

「この程度で、私を倒せると思われては、心外だ」

「思ってはおらぬよ。ただ……その姿のまま死なれては困る。私は、この国の王から、殺してもおらぬ者の殺人者として追われるのは、ごめん被る」

 追いすがり、リドゥーラに絡みついた銀龍が、一瞬にして浄化の炎と化す。

「小賢しい真似を……」

 四方に銀の炎が、飛び散る。

 その炎の下から現れたのは、ライオット王子と十分に張り合える美貌の青年。

 だが、まったく正反対の雰囲気を持つ美貌が、そこには在った。

 黒い肌、黒い髪、黒い瞳。強力な(せい)の術司が、その聖力の故に身に帯びる、美しい漆黒とは異なる、どこまでも禍々しい黒に彩られた姿。

 二人の術司の外見は、使う術そのままに全く対照的であった。

「この私に、無理矢理術を(ほど)かせるなど……。ただでは済ませませんよ」

 闇の貴公子の名に恥じぬ、恐ろしく整った(おもて)に、冷たい笑みを浮かべて、静かに佇む。

「今更! 仮死の呪術まで司った奴が」

 再度、その身を銀蒼の炎で包んだソーヴェが、防御に入る。

 甲高い音を発して、風が唸った。

 襲い来る、鋭利な刃の如き、風の矢。

 ソーヴェの口から、良く通る声が流れる。

 同時に、組み合わされた指を上方に翳す。

 指先から、炎が迸る。

 グヴァァ────ンッツ…………!!

 炎の壁に弾かれて、風の矢が逸れる。

 周囲の大木を巻き込み、薙ぎ倒し、それが空中に消える。

「中々……。久々に楽しませてもらえそうだ」

 リドゥーラの口許に、楽しげな、酷く残忍な笑みが刻まれた。

「楽しい、だと? お前、人の……人の苦しみを何だと思っているっつ!!」

 怒りに、ソーヴェの闇色の瞳が、その深淵の色を深めた。

「この上ない、糧。そう思っていますが? 人の苦しみは、憎悪を呼ぶ。人の哀しみは、闇を呼ぶ。()術司(じゅつし)が用いる力は、負に染められし人の感情より発する物」

 哄笑。

「我が力の源に、これ程に相応しい物が、他にありましょうや? 強き力は、闇の貴公子たる私にこそ相応しい、最高の宝石です!」

「それだけ……それだけのために……それだけのために! 私の弟や母を殺したのかっつ!!」

「そうですが、何か? 貴女の母君や弟君の不安と恐怖と、哀しみ。殺される瞬間に発した憎悪。私にとって、これ以上はない、素晴らしい力を与えて下さった!」

 リドゥーラが、悦に入ったように、自らの体を抱く。

「……強き力を望むは、人の持つ生来の欲。私は、その欲望を満たしただけ。()術司(じゅつし)とは、そうして力を得るのですから」

 くすくすと、心の底から楽しげに、リドゥーラが嗤う。

「それを楽しんでどこがいけませんか?」

 リドゥーラが、大きく腕を開き、ソーヴェに迫る。

「本当に嬉しいですよ。今まで、私の所にまで辿り着いた者など、おりませなんだ。私の存在に気付き……、その上に呪術下から抜けて追ってくるなど、貴女が初めて……」

 うっとりと、リドゥーラがソーヴェを見つめる。

「なれど、今、貴女の発するその感情自体が、私の力の源──」

 差招くように、リドゥーラの腕がソーヴェに伸ばされる。

「憎みなさい! この、私を。そして、この身を飾るに相応しい、宝石を生み出しなさい」

 その身の発する憎悪が、リドゥーラの力の源になっているとわかっても、ソーヴェの憎悪は治まらない。

「許さない……、許さない! 赦さないっつ!!」

 ソーヴェの理性は飛んでいた。それ故に、リドゥーラの思惑にまんまと乗せられても、何の対処もできなかった。

 その裡の怒りのまま、全身の銀蒼の炎が勢いを増していく。

 夕闇の帳を引き裂いて、それは、その森一帯を、明々と照らしだした。

俘……(とりこ)、奪う

負……正の反対

訃……人の死の知らせ

仆……(たお)れ死ぬ、殺す

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ