4 都にて
「盲と子供と思って侮るからだ!」
言い捨てて、ソーヴェが相手から奪っていた剣を投げ捨てた。
人気のない路地裏。乾いた音を立てて、石畳を血まみれた剣が滑る。
周囲には致命傷を負わされた、だが止めをさされていない、ならず者達。狂気に侵されるには一歩及ばぬ苦痛に呻いている。
踵を返すソーヴェに、咎めるようなヒューの視線が向けられる。
「どうして、止めをささない? 生殺しなど、酷いことをする。どうせ殺すのなら楽にしてやれ」
「わざとしているんだ。放っておけ。無力な子供をかどわかそうする奴に、情けなど要らぬ。術を使わぬだけ有り難いと思え」
きっぱりと言い切る。
「……すげぇキツイ」
「間違えるな。奴らが犯した罪の報いだ。売り飛ばされた子供や、その親族の悲しみを思えば、当然の報いだ。楽に死んで赦される奴らではないわ!!」
吐き捨てるように、ソーヴェが語る。
「……ソーヴェは、人間嫌いなのか?」
ずれた問いに、ソーヴェがへたり込む。
「どうして、話しがそこまで飛ぶ?」
「だって、ソーヴェは凄く人に厳し過ぎる」
「深読みするな。私は、大人に厳しいだけだ。女と子供には優しいぞ」
「どうして、限定するんだ?」
「男に優しくしてどうする? 甘やかされた男なぞ、気味が悪いぞ。それに、男は家族の頭となることが多い。守るべき者を守れぬ程弱くては、話しにならん」
「……ん~、それは──」
「正論だろうが?」
「認める」
「素直でよろしい。子供は素直が一番可愛い」
「ソーヴェ!! 俺は、ガキじゃない! それに、男にむかって『可愛い』は無いぞ」
本気で食ってかかるヒューの顎を、からかうように捕らえて、上向かせる。
「だが、本当に可愛いから仕方なかろう? この顔だけとってもな。私は、可愛い子供は大好きなんだ」
「ソ……ソーヴェ。それはちょっと怖いぞ!!」
自分を抱くようにして、ヒューがソーヴェを見上げる。
弾けたような、ソーヴェの楽し気な笑いが響く。
「失礼」
ふざけ合う二人の背後からかかった声に、二人は同時に振り向いた。
「封術司“無の騎士”殿とお見受けします」
歴戦の勇士であるのが一目でわかる、逞しい壮年の騎士がそこに立っていた。
ソーヴェが意を正し、相対する。
「いかにも、“無の騎士”とは私のことだが」
「是非、お請けしていただきたい事がございます。ご同行願いたいのですが」
「名は?」
「この国の騎士、ガイエス‐カイ‐シェーザーと申します。親衛隊の隊長職にあります」
「違う。依頼者の名だ」
「……それは──」
返答に詰まった瞬間、ソーヴェは再度踵を返した。
「ソーヴェ?」
「騎士殿!?」
縋る声に、冷たいソーヴェの返事が返る。
「自らの素性も語れぬ、筋を通さぬ輩の相手はせぬ。私も暇のある身では無いのでな。ヒュー、行くぞ」
ソーヴェの言葉は最もである。ヒューは素直に従った。
「お、お待ちください。お話いたします。ただ、此処では……」
往来の真ん中で、その上傍らに在るヒューのことが気に入らぬらしい。
「分かった」
ソーヴェの腕が、スイッと上がり、不思議な動きをする。そして、意味を聞き取るには小さな声で、数語呟く。
瞬間、三人の周りから音が消えた。
「音遮壁の結界を張った。聞かれる心配は無い」
騎士が、ヒューの姿を見つめる。
「ヒューは、私の連れだ。構うな」
それ以上の譲歩はせぬ口調に、騎士がようやく口を開く。
「実は──」
北大陸の極南国。その名が示すとおり、二大大陸の北極側の大陸の極南に位置する強大な軍国である。
持ち込まれたのは、第二王子のこと。
一年前から、その性格が激変したらしいのだ。そのあまりの変わりように、周囲もほとほと困り果て、手当たり次第に、医師、高名な博士に診てもらった。
が、原因が掴めず……。そうして出した結論が、術司。
術司によってもたらされた結果が、王子の影に強力な“俘の術司”の存在。対抗するには、強力な聖力を持つ“誠の術司”を必要とする。
そこで、諸国で呪術司を滅し封じている誠の術司である、ソーヴェに白羽の矢が立った。
「──と、言う訳なのです。お疑いであれば、王宮へご案内いたしますので、陛下に直接お尋ねください」
「何か……勘違いしていらっしゃるようだ」
ソーヴェがため息を吐きつつ、肩を落とした。
「……が、裏に俘の術司が居るとなれば、引き受けずばなるまい」
「それでは?」
騎士の顔が、安堵に輝く。
「今夜、王宮に伺いましょう。その王子とやらに会わせていただきたい」
「は、はい!!」
感謝で土下座までしかねない騎士とはそこで別れ、二人は聖獣の待つ郊外へと引き返した。
「ソーヴェの仕事は、呪術師を封じることなのか?」
ヒューの問いに、ソーヴェが意外な顔をする。
「私の旅の目的……、話していなかったか?」
素直に頷かれて、ソーヴェが呻く。
「ヒューの事を、大惚けと罵れんな……」
反省するように、ソーヴェが呟く。
「私は、自分に呪術をかけた相手を捜しているんだよ。封術司の仕事は、そのついでだ」
「……一石二鳥にしては、並みじゃないみたいだな。さっきの騎士は、ソーヴェの倒した呪術司は、三桁の域だと言っていただろ?」
「仕方なかろう? 相手が俘系の術司だと言うことしか分かってないんだ。手当たり次第なのさ」
「……凄まじいばかりだな」
「気にするな。この三年で南大陸の掃除は終わった。残るは北大陸のみ。もう四、五年もすれば、見つけ出せるだろう」
「その前に、斃れることは考えてないのか?」
その自信に、呆れたヒューが問う。
「言ったろ? 私には生き延びる義務があると。毅い決意があれば、成しえぬ事など僅かだ」
「……無い、と言わぬだけ救いがあるな」
「生意気を言うな」
不敵な笑みを浮かべてソーヴェが、ヒューの頭を撫でた。
その子供扱いに拗ねながらも、ヒューはその優しい手に抗いはしなかった。
口の悪いソーヴェ……。
けれど、それはポーズだ。
その言葉の深淵に沈む、深い愛情。厳しいけれども、それは深く相手を思い遣っての言葉だ。上辺を繕うだけの虚飾では、決してない。
そして、その一見乱暴な行動の端々に覗く、優しい仕種。それは、ヒューが今まで接してきた、どんな女性にも勝るものであった。
表面に表れるものと、その奥に秘められたもの。
冷静かと思うと、それは真っ直ぐな思いの故。
厳しいかと身を引くと、優しい腕が包み込んでくる。
野に育ったのかと見ると、驚くほど気高い姿勢を覗かせる。
一体どんな育ち方をすれば、こんな人物になるのだろう?
──ソーヴェ……。君は……誰?