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3 導師

「ヒュー!!」

 真っ青な顔で、自分を呼ぶソーヴェの姿が、薄い膜のような結界を通して窺える。

 徐々に空気の抜けていく、盗人避けであるらしい罠結界の中で、ヒューはそれから抜けようともがいていた。

 ソーヴェが、あちらこちらに仕掛けられている罠を、手当たり次第に破壊しながら近づいてくる。

 ソーヴェの瞳は、普通の場所ならば、自ら司る術によって見えぬ目でも物は見える。が、師匠住まうこの谷の特殊な結界の中では、物を映すことが出来ないと言っていた。

 あっちの石に、こっちの窪みに転び。(いばら)に刺され、草で切り。全身これ、傷だらけになりながら、自分を探す姿。

 情の薄そうな物言いをしていたソーヴェに、このような面があるなどとは思いも寄らなかった。

 ああ……そうか……。本当は、いい奴なんだ……。と、ぼんやりと考える。

 死にかけている時にする思考ではないな。と、苦笑しつつ、ソーヴェの姿を見つめる。

導師(グル)!! 導師(グル)ーっ!!」

 涙ながらにソーヴェが叫んだ瞬間、ヒューの罠結界が(ほど)かれた。

 急に宙空に放り出されて、ヒューは地面に落下し、強かに背を打ち付けた。

「あたた……」

「ヒュー!? 無事なのか!!」

 ヒューの呻きに、安堵したようなソーヴェの声。

 それに重なる、不思議な(いん)を踏んだ声。

「ソーヴェ……。これは、少々遣り過ぎですよ。元に戻すのを手伝っていきなさい」

 咎めるような口調は、ヒューの真後ろで起こった。そこに立つ、細身の青年。黒い肌、黒い瞳、黒く真っ直ぐな長髪。不思議な重ね着の薄衣(うすぎぬ)に身を包む人物。

「も……申し訳ございません、導師(グル)

 ソーヴェが小さくなって謝っている。どうやらこの青年が、ソーヴェの師匠らしい。

 声による気配で二人の位置を確認したソーヴェが、走ってくる。

 ヒューの前に立ったのと、その平手がヒューの頬に炸裂したのは同時だった。

「離れるな。と、言っていた筈だぞ!! 導師の来るのがもう少し遅ければ死んでいたぞ、この馬鹿が!!」

 言いざま、再度掌を振り上げる。

「ソーヴェ、そのくらいにしておきなさい」

「いーえ、導師! ここに寄る必要が出来たのだって、こいつの考え無しの結果なんですからね」

 まくし立てるソーヴェに、導師が苦笑する。

「死ぬほど心配したのは、分かってますよ。その恰好をみればね。手当てをします。……訳は、その後になさい」

 穏やかな物言いではあるが、底知れぬ迫力がある。ソーヴェさえも、怒気を収めて素直に従ったのだ。

 ヒューは、面白げにその様子を眺めた。




   *




 不思議な植物が群生する中を、三人はゆったりと歩んでいた。

「何と言っても……手掛かりが少なすぎます。“()術司(じゅつし)”だと言う事のみ。呪術司を探すだけでもこの瞳では、一苦労ですから……。念を入れて呪術を司ってくれたものです」

 愚痴るソーヴェに導師が笑う。

()術司(じゅつし)……ね」

 導師の眉根が一瞬、微かに(しか)められる。

──“()術司(じゅつし)”。

 自分たち“(せい)術司(じゅつし)”とは、対極に位置する者たち。

 (せい)術司(じゅつし)が用いる術を、人を未来へと導く、(せい)方向の力と定義するならば、()術司(じゅつし)が用いる術は、人を(くら)い欲望へと導く、()方向の力と定義することが出来る。

 何れが先に人よ世に現れたのかは、今となっては定かではない。が、それは常に両者並び立って存在していた。

 全ての人の心が、光か。または、闇か。に、染まらぬ限り、何れかが優勢になるとしても、決して他方を完璧に排除することなど不可能であろう……。

 そして今、人の心は、混沌(こんとん)の支配下にある……。

「大した術司ではあるね。技においては、この私でさえ超えるそなたを──」

 脳裏をよぎった考えを、微塵も面には表さずに導師が言を紡ぐ。

「仮死の呪術を用いて、本来ならば目覚めることなき眠りに就かせ……。万が一それが解けた場合には、術司としての能力が封じられる術を司っていたのだからな。まあ、能力封じの影響下で、それだけの術を使えるそなたも、大した術司ではあるのだがね」

 楽しげに、導師(グル)が笑う。

「笑い事ですか! お陰で、私はこの有様なんですから」

 むっつりと、ソーヴェが呟く。

「楽しんでおろうに」

 言い切られて、ソーヴェが詰まる。

「……認めます。こうなったお陰で、旅に出られましたからね。人々との触れ合いには、学ぶべきことが多いです」

「それは、良いこと。唯一の後継で、ゆくゆくは──」

 導師(グル)の周りの空気が、一瞬にして消失する。

「く……空気を抜くなど、乱暴な」

 咳き込みながら、導師が咎める。

「その語を、私が嫌っているのをご存じの上で使おうとなさるからです」

 ソーヴェの顔が、無表情に固まる。

「困ったもの。生まれながら秀でた素質に恵まれた者が……」

「それを自覚しているからです。将来を決めてしまいましたから……。今は、ただの人。で、ありたいのですよ」

「確かに……、女の身では楽な道ではありませんしね」

「波瀾万丈で、困ったものです。それで無くても苦労背負っていたのに、妙な呪術司にまでちょっかい出されて……。荷が勝ち過ぎる」

「そなたで、良かったことだ。愚痴を零しつつも、結局は自分の立場を貫く、強情な子だからの」

「私は、他人(ひと)に自分の意志を曲げられるなど真平です。私の人生は私が決める!!」

 ヒューは呆れ顔で、二人の話しに耳を傾けていた。

 谷に、例の物騒な罠結界を施しつつ、穏やかに語られる話題。

 その中に語られた、とんでもない単語にヒューは我が耳を疑った。

「どうした、坊ず?」

 その様子に気付いて、ソーヴェが尋ねる。

「今……ソーヴェが女って言わなかったか?」

「それがどうした?」

 一蹴されて、ヒューが頭を抱える。

「俺、完璧に女性像が変わりそうだ……」

「軟弱者!! 他人に振り回されるようなら、自分の価値観なぞ最初から持つな! 周囲に流されていろ!!」

「俺は、理想像のことは言ってないぞ!! 俺の理想の女性像は──」

「女性は?」

「……」

 沈黙に、ソーヴェが悟る。ヒューは、記憶にかなりの混乱を起こしているのだ。

 今では、本人でさえも、自分がリィン‐ファン‐ヒュー‐バダムであることの確信が持てない程である。それでも、言い張ってはいるが。

「すまぬ、言い過ぎた。無理に思い出そうとするな。また、気分が悪くなるぞ。私は、言葉の選び方が下手なんだ。許してくれ」

 おろおろとして謝るソーヴェの姿を、ヒューが見上げる。

「……許す」

「ありがとう、ヒュー」

 そんな二人の遣り取りを興味深げに、導師が眺める。

「何、にやにやしてるんです、導師(グル)?」

 視線で、ヒューの素性を問う。

「気は強いが、良い子ですよ。正直で素直で、とてもカワイイ」

 ソーヴェの批評にヒューが真っ赤に染まる。

「私に?」

「預かって頂きたいのです。私の旅は、子供には危険すぎます。それに、かなり訳ありのようですし──」

 そして、ソーヴェは一連の出来事を話した。

 精霊の柱の事。記憶の混乱の事。ファー・ダーリの王弟らしい事も含めて全てを。

「なるほどね……。しかし、私には預かれませんよ」

 あっさりと拒否されて、ソーヴェが慌てる。

「他の誰でも無い、そなたが見つけた。……そなたと共に在る必要があったからですよ」

「危険過ぎます!! こんな小さな子供に!!」

「俺は、ガキじゃない!!」

 ヒューが割り込む。

 傲慢ともとれるその覇気にソーヴェが詰まったのを見取り、導師が続ける。

「心配は要らぬ。見た所、修練ダコができる程剣を扱っている。中身は、本人の言どおり、子供では無い様子。十分そなたの補佐は出来よう。共に行きなさい」

「私自身に、生き延びる義務があるんです! 他人の分まで面倒みきれますか!!」

「なんて言い草──」

 叫びかかるヒューの口を導師が押さえる。

「ソーヴェはね、人の命を預かることの、その責任の大きさを知っています。決して、自分だけが生き延びたいのではない」

 穏やかに語る導師の横で、真っ赤になってソーヴェが慌てふためく。導師の言わんとする所を察したらしく、その声を打ち消さんと喚きまくる。

「君を……、守れなかった時のことを怖がっているんですよ。可愛いでしょう?」

「なるほど……。それは可愛いですね」

 深い納得の色を浮かべて頷くヒューの姿を見た瞬間、ソーヴェは地面に懐いた。

「おや、意見が一致しましたか。中々、人を見る目は有るようですね」

「そうですか?」

「信用なさい。これでも、何十人と王族を育て、何百人もの弟子を巣立たせています」

「……導師?」

「歳のことなら聞かないで下さい。答えられませんからね。二百年ほど前から、馬鹿らしくなって数えてませんからね」

 答えに、ヒューも地面に懐いた。

 この弟子にして、この師あり……である。

「な……情けない。十そこらのガキに、可愛いいだって?」

 真っ赤になって呟くソーヴェの襟を摘まんで、導師が立たせる。

「何時までも喜んでいないで、さっさと二人分の旅支度をなさい」

導師(グル)~っ。どうしても?」

()()で、行きなさい。たまには、私の忠告も聞き入れなさい」

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