エピローグ
その夜、南大陸の極南国の未来の女王のお披露目舞踏会は、歓喜と落胆に盛大に彩られた。
歓喜したのは、長い間その姿を見せなかった敬愛する姫君の、美しく成長した姿を見出した、その民。
それと、安易にも裏の事情を知らぬまま、この国の姫の求婚者となったヒューを、喜んでいるフェイ。
落胆したのは、お披露目舞踏会に押し寄せた、多くの求婚者たち。何しろ、お披露目のその場に於いて、求婚者が二人に絞られたのだ。
一人は、北大陸の極南国の第二王子。北大陸に於いて、その知性と冴えた決断力を謳われた美貌の術司。ライオット‐ライ‐ハン‐ティセー。
一人は、南大陸の極東国の王弟。南大陸中に、その武勇と高潔さを謳われる美貌の騎士。リィン‐ファン‐ヒュー‐バダム。
世に並ぶ者無き、秀でた若者たちである。
対する、華のような美姫と誉れ高い、ル‐ソリュー‐アヴェラ‐ソーンは、その身に“銀蒼の炎の乙女”という呼称名まで持つ、聡明かつ柔和な美貌の姫巫女である。幼少の折から、多くの精霊の力を得て諸国に多大な益をもたらしながら、我欲のためには、動かなかった。
……しかし、それは、ソリュー‐アヴェラのほんの一面。
別の面を知ろうとしなかった、絵姿と噂だけで釣られた求婚者たちは、片端から撥ねつけられた。
*
窮屈な舞踏会から解放されて、三人はソリュー‐アヴェラの私室で、それぞれの一番好む服装に戻って寛いでいた。
「十四年……、私は、この国の唯一の後継者として育てられた。かなりハードだったぞ」
思い出されたハードな過去に、ソリュー‐アヴェラが遠い目をして呟いた。
「民を統治し法を司る王として、同時に、この世界の至る所に出現する歪みから民を護る守護者としても在らねばならなかった。だから、私は術司としての導きを受けていたんだ。元々、“乙女”として精霊達との盟約もあったから、守護者としての素質は大きかったし。せめて一人兄弟がいれば、私は姫巫女として、守護者としての責務だけを負えば良かったんだが……。だが、母上はあまり身体の丈夫な方では無かったから、それは望むべくもなかった」
「それが、弟の──サキソェヴ‐ドゥーラの誕生で一変した。私の責務は、本当に守護者のみに限定された。同時に後継位も第二位に下り、私には多くの、自由への道が開かれた。
……それに、サキは本当に可愛かった。どれほど愛情を注いだか分からない」
静かな銀蒼の瞳に、薄く悔恨と悲哀が滲む。
ヒューとライオットの二人は、ソリュー‐アヴェラの、時の記憶と同調したことがある。その、弟に注いだ愛情を、語る言葉以上に、共有した感覚で理解出来た。
「それが、……あの、リドゥーラに全て壊された。
私自身も奴の術下に陥り、闇に封じられて、七日眠った。哀しみや憎悪だけに沿って術を司れば、負の域に陥る危険があったから、自分の感情を制御するのに、それだけ必要だった。
王として在るだけなら、能力封じの状態まま目覚めても良かったんだ。……だが生憎、サキが逝ったことで、再び、王としても、守護者としても、在らねばならなくなった」
王族は、その責務の重さと、生涯向き合わねばならない。なぜなら、王に脈々と受け継がれている血は、民を護るためにこそ生み出されたものだから。
「だから、外見を捨てて、辛うじて姫巫女として精霊達の聖力を司る分だけの能力を残した。だが、精霊は気まぐれだ。とうてい有り得ないとは思ったが、彼らの聖力を当てにして、万が一、民を守護すべき時にその聖力を貸してもらえなかったら……?
王としての私は、それを懼れた。結論として、術司としての力を取り戻すために、奴を追うことにしたんだ」
ソリュー‐アヴェラは、王族の責務を誰よりも全うしようとしていた。それは、王族に名を連ねているヒューとライオットにも課されている責務で、同じ覚悟をすべきものだ。
「後は、二人の知っての通りだ。封術司“無の騎士”として、諸国を巡った」
銀蒼の瞳が、真摯な光りを湛えて、ヒューとライオットに向けられる。
「本当に二人には感謝している。二人が居なければ、今の私は存在出来なかった。……本当に、ありがとう」
ソリュー‐アヴェラが、深く礼をとった。
二人は、意を正して、それを受けた。
気恥ずかしい思いを隠せない。
ただ嬉しさを隠す気はなかった。
なぜなら、愛する女性の役に立てたのだから。
「ソーヴェ……。一つだけ確かめておきたい」
至極深刻そうな顔で訊ねてきたヒューに、ソリュー‐アヴェラが首を傾げた。
「俺が、ここに戻った晩のこと。君にとっては、三年前か? ……君は、ライオットに『好きだ』って言ってたろ? あれは一体どういう意──」
ヒューが皆まで言わぬ内に、ソリュー‐アヴェラとライオットが爆笑する。
「『私が負に陥ろうとした時、勇気をもって命を絶とうとしてくれた貴方の決断力。私には無いものだけに、好きですよ、ライオット王子』これが、ソリュー‐アヴェラの全文です。……どう聞けば『好きだ』になるんです? 途中から聞いたのですか?」
ライオットが失笑気味に答える。
「あの時点では、同じ術司として尊敬していただけだ。あの後世話になってからだな、親しくなったのは」
ソリュー‐アヴェラが、三年前のことを思い出しつつ、答える。
ヒューは、あの日の疑問が解消されてほっとしたのもつかの間、新たに芽生えた疑問を素直に口にした。
「後、君は……どうやってその姿に戻れたんだ? ライオットに世話になったとかって、……それ?」
これには、呆れたように、ソリュー‐アヴェラとライオットが沈黙した。
ヒューは、一人で、答えを待っている。
「救いがたい大惚けぶりですね。自分で戻しておいて『どうやって?』は無いでしょう……。ソリュー‐アヴェラ、こんな男、考え直したほうが、貴女の将来のためですよ」
ライオットが、ソリュー‐アヴェラに薦める。
「……普通、あれ程の異相の持ち主を『愛する』人間は居ないだろう。ましてや『愛している』と告げる人間なんて」
ソリュー‐アヴェラが、苦笑してヒューの疑問に答えた。
ヒューが、ソリュー‐アヴェラとの口づけを思い出して赤くなる。
「貴方が、ここに戻った晩、急激に本来の姿に還ったために動けなくなった。それを約束を違えて私達の後を追ってきたライが、連れ帰って介抱してくれた。ライに世話になったって言うのは、それのことです」
ソリュー‐アヴェラが答えて、静かに立ち上がる。
ヒューの前に移動して、その燻し銀の頭を抱き寄せる。
そして、その額に、優しく口づける。
「感謝している。私の可愛いヒュー坊や」
思いもかけないソリュー‐アヴェラの行動に、焦りと戸惑いと、同時に嬉しさを覚える。
そんな恐慌状態に近いヒューが返した言葉は、酷く間を外していた。
「ソーヴェ! 俺はガキじゃないっ!!」
その言葉に、少年の“ヒュー”を重ねて、弾けるようにソリュー‐アヴェラが笑う。
「もう少し、気の利いた台詞は吐けないんですか。本当に坊やだな」
実際にはヒューより三歳下でありながら、女性の扱いを心得ているライオットが呆れたように、言い──
「悪かったな! 俺はライオットと違って、ソーヴェ一筋なんだ」
ヒューが請ける。
「私だって、ソリュー‐アヴェラに逢ってからは、一筋ですよ」
ライオットが、さらりと請けた。
ぽんぽんと続く会話。まるで、もう何年も共に過ごしたような雰囲気がそこには在った。
その夜、部屋には六年ぶりに明るい声が響いた。




