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1 精霊の柱 Ⅰ

初出は、同人誌。1989/12/24、初版発行の話です。完結しています。

 乱暴に、青年は背後の扉を閉めた。

 憤慨も露わに、大きな歩調で自分の部屋へと向かう。

「『最高の美姫を、お前の顔で誑し込んでこい』だァ!? 王たる者の言葉か!! 兄者は、近来稀なる賢王と思っていたのに……。俺の買い被りであったわ!!」

 怒りで赤く染まっているその表情は、青年の『王』、『兄者』と呼んだ人物が『誑し込め』と評するに足る物であった。

 背を流れ落ちる、燻し銀を思わせる艶のある銀の髪。髪と同色の切れ上がった鈍い銀色の瞳。細い筆で細心の注意を払って描かれたような眉。そして、その毅い意志を表すやや薄めの整った唇。

 鋭利な刃を思わせる白皙の美貌をもつこの王子は、三つある月の第二の月と同色の装いを好む。身に着ける重ね着の薄絹と、王弟ある事を表す額輪(サークレット)も、髪と瞳と月に合わせた燻し銀である。

 故にその月の名をとって『誓約(ゲッシュ)の騎士』と呼ばれている、国民に絶大な人気を誇る不敗の騎士である。

「それに、俺は……!! 俺は、自分の連れ合いぐらい自分で見つける!! 俺にだって理想はあるんだ!!」

 激昂して叫んだ。




   *




 その日の寝場所に決めた洞窟の中で、火を熾しながら、青年が語る。

「女ってのは、見目麗しく、純情可憐で……、男と話す時には恥じらいに薄く頬を染めて、可愛らしい声で──」

 律儀に、自分の家出ならぬ、城出に付き合った悪友が、苦しそうに肩を震わせている。

「何だ? 何か文句あるのか!」

 その叫びに、堪え切れなくなって、相手が爆笑した。

「ヒュー……、そりゃ古いわ。古過ぎる! 今時そんなのが居たら、過去の遺物! 生きた化石! 高望みどころか、見果てぬ夢だ」

「フェイ!! 何もそこまで立て板に水することは無かろうが!!」

 ヒューが、止まらぬ笑いに悶えてへたり込むフェイを見下ろす。

「だってな、もう二十年来の付き合いだが、お前がそんなロマンチストとは、知らなかったぞ。女を作らない訳だ……」

「放っておけ!! 俺は、必ず理想の連れ合いを見つける!!」

「不毛だぜそりゃあ……。行き着く処は、女性不信に、背徳の極みだ」

「何だ、それは?」

「同性あ──」

皆まで言わずに、洞窟の中に鈍い音が響いた。殴られて、フェイが壁に激突する。

「死にたいか、貴様!!」

 ヒューは本気で怒っていた。冗談にしても(たち)が悪すぎた。

 王となる一族は、特別な血を先祖から受け継いでいる。その血が、定められた基準を逸することを許さない。それは、その王に治められる国の滅びに繋がるからだ。

 背徳──自然の(ことわり)に背く行為は、その最たるものである。

 王位には無くとも、ヒューは自分の国を、民をこよなく愛していた。

「頭を冷やせ!!」

 ヒューは怒り任せに怒鳴りつけ、洞窟を飛び出した。

「ヒュー!?」

 慌ててその後を、フェイが追った。

 今、二人の居るのは深い(もり)の奥である。

 魑魅魍魎(ちみもうりょう)蔓延(はびこ)(もり)の……。

 フェイは、一本気の友を、開放感に任せてからかい過ぎたことを心底から悔やんだ。




   *




 深い(もり)の中、ヒューは堂々巡りをする自分に気付いて、苛立たし気に舌打ちした。

 勢いに任せて洞窟を飛び出したのは良いが、戻るべき道を見失ってしまったのだ。

 しかし、このような状態に置かれても常に前進しようとするのが、このヒューのヒューたる所以(ゆえん)である。

 決して退くことを知らぬ、豪胆な気性。それを表して、瞳が鋭く光りを弾く。

 空には満天の星と輝く三つの満月が、静として浮かんでいた。

 (むせ)び泣くような音に、ヒューの意識が向けられる。右手から聞こえてくる。

 静かに神経を集中し、辺りを探る。

 危険な気配は無い。それを確かめて、音の方向へ歩を進めた。

 鏡面の泉。小さなその泉の表に、星と三つの月がくっきりと映しとられている。

 その中心に巨大な水晶の柱。

 音は……、その水晶の柱から洩れている。

 心の中で、二つの意識が争っていた。

───これは、何だろう? 自然に出来た物では無い。一体誰が、何のために?

───ここは、(もり)だ。得体の知れぬ物には、近付くな。危険だ……。

 二つの心、揺れる。やがて、固まる決意。退く。と、言う結論。

 好奇心で身を亡ぼす程に、自らの価値をわきまえぬ歳では無かった。

 柱に背を向ける。

 その一瞬、視界の隅に映った一つの影。

 ヒューは思わず、その柱を振り返った。

 柱の中に、浮かぶ人影──

 銀色の乙女が居た。

 胸が切なくなる程の哀しい瞳をした乙女が、そこに居た。

 第一の月の、明るい清冽な月光を透かし込んだ銀蒼色の緩い巻き毛、瞳。

 穏やかに整った表情に、透き通るような哀しみを湛えた乙女。

 ヒューの足は、知らずその水晶の柱に向かっていた。膝までしかない浅い泉の水を、掻き分けて進む。

 一歩、二歩……、そして柱に辿り着く。

「君は……誰?」

 柱に、触れる。

 頭上で三つの月が、音ならぬ音を発して綺麗に重なった。

 瞬間──

「ヒュー!! 離れろーっ!!」

 魂切るようなフェイの声が、背後で聞こえたような気がした……。


小説家になろうのサイトを、あるファンになった作品で知り、書きたい、伝えたいの封印が破れてしまいました。

晶琴サーガの外伝ですが、完結している話ですので、どうぞ、しばらくの間、お付き合いいただけると幸いです。

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[良い点] 非常有趣的標題 使我點近來閱讀 [気になる点] これらのキャラクターはとても強く感じます [一言] 全能宇宙からの好評!
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