転生遺族のエイプリルフール
エイプリルフール作品です。
本編と合わせてよろしくお願いします。
気がついたら生まれ変わっていた。おそらく前世で暮らしていたのとは別の世界に、虚縦軸という前世の記憶と人格を引き継いで。
自分で命を絶った身としては素直に喜べない部分もある。しかしだからといって現状が変わる訳でもない。お姉ちゃんの、虚愛の弟だった者として、聞き分けのいい子でいることにしよう。
それに生まれ変わった事を気にしてもしょうがない。既に過ぎた事なのだから。僕が今気にするべきなのは、間違い無く僕を見下ろす彼女の方だろう。
「えっと、初め、まして」
透けている。一見15歳ぐらいの女の子のようだけど、体が半透明で透けている。前に絵本に出てきた幽霊とそっくりだ。しかもこの人の被っているとんがり帽子、もしかしたら魔法使いの幽霊かもしれない。
「ぼ、僕はエーレ。君の先祖。お母さんの、お母さんの、ずっとずっと前の」
エーレは話すのが苦手なように思えた。けどそのおかげで、幽霊なのに怖くない。
「えっと、君の、お母さんに頼んで、会わせてもらった」
今更だけど、この人知らない言葉で話してる。聞いたことの無い言葉だ。なのに分かる。言っていることが全部分かる。少し怖い。
「通じてるね。よかった。じゃ、じゃあ、連れて行くね」
エーレの手に杖が現れた。どこから取り出したのだろう。まるで手品だ。
「空間魔法 転移」
その時、光が僕を囲った。赤ん坊の僕の体はエーレを見上げているせいで直接確認できないけど、どうやら僕を取り囲むように床が光っているみたいだ。
次の瞬間、僕はまた知らない場所に来ていた。
どうしてこうなったのでしょう。何処で分岐したのでしょう。今の私を取り巻くある程度非日常的な状況は、いつの何を以って発生が確定したのでしょう。つい今朝までは特にこれといった事態は起こらないと思っていたのですが――。
鳴り響く目覚まし時計のアラームを切り、私はベッドから起き上がりました。社会的に見れば教師は今日から新たな赴任先に勤める事となります。しかし哲学めいたことを素人なりに言うのであれば、私の人格は昨日と何ひとつ変わっていないと言えます。せいぜい数時間分の記憶が蓄積されているくらいです。
スーツに着替え1階のリビングに降りると、両親が既に朝食を用意して待ってくれていました。
「愛、起きた? 早く食べちゃいなさい」
「おう、愛おはよう。スーツ似合ってるじゃないか」
「うん、おはよう。母さん、父さん」
これが今の私のありふれた日常。いつもと大して変わらない朝の風景です。
ご飯に卵を混ぜ合わせていると、新聞を読んでいた母が突然口を開きました。
「あら見て。作子ちゃん、また載ってるわよ」
「あ、本当だ」
原前作子、私の親友です。今はどこかの研究室で脳の研究をしているらしく、こうしてしばしば新聞で顔を見かけます。具体的に何を調べているのかはよく分かりませんが。
「すっかり立派になったわね。愛も作子ちゃんも」
「うん、ありがとう」
「きっと……縦軸も喜んでるわよ」
「……」
そうですね。あれからもう9年ですか。あの子が生きていれば、ちょうど今年から高校生でしたね。
「じゃあ、私もう行くね。先生が遅刻するわけにはいかないから」
「ええ、いってらっしゃい」
「気をつけてな」
「うん。いってきます」
私は柔らかく微笑みながらドアをくぐり、ドアノブから手を離すと同時に歩き出しました。
話しかけられたのは突然のこと。一般に通学路と呼ばれる道を通って学校へ向かっているでした。
「ねえねえ! 愛さんだよね?」
ツインテールの女の子。背は低め。来ている服から判断するに、どうやら私の赴任先の生徒のようです。
「そ、そうですけど。えっと、あなたは?」
「私は積元微。よろしくね!」
「は、はあ……。それで、私に何か?」
「うん。ずっと探してたんだ」
「はい?」
用がある先生が全然職員室に来てくれない時でなら分かりますが、この状況でたった今彼女が放った言葉は実に不可思議です。確かに彼女は私の勤め先になる学校の生徒。しかし私は今日初めて彼女や他の生徒たちに挨拶をする予定の新米教師です。どうして探されなければいけないんでしょうか。
しかも「ずっと」探していたと、そう彼女は言いました。つまり以前から私のことを知っていたということです。一体いつから、どうして私のことを知っていたのでしょうか。
「あなた一体……」
「先輩、1人で突っ走り過ぎですよ」
またしても背後から声。振り返った先にいたのは、まごうことなき美人でした。
「初めまして虚さん。私は三角ていり。そちらの積元微さんの後輩にあたる者です。ちなみに見ての通り、今日から鳩乃杜高校の生徒です」
黒髪のストレートヘアを風になびかせ、誰が見ても気品を感じる佇まいをしています。顔立ちも才能あふれる画家に魂を吹き込まれた絵画かと思うほどに整っており、少しきつくて一見無愛想に見える目つきがむしろ彼女の美しさを際立たせていました。
「突然すみません。あなたに用があったので」
「私に? えっと、入学式の後じゃダメですか」
「ダメです。急いでいるので。先輩が」
「その通り! だから愛さん、急いで私たちと一緒に来て!」
うお、すごい圧です。微さんもさることながら、ていりさんの視線があまりにも強い。言うことを聞けと脳に直接訴えかけられているようです。
……そういえば、私も彼女たちに同行していきたい気がしてきました。ええ、間違いありません。私は彼女たちに協力しなければならないのです。
「分かりました。行きましょう」
「やったー! ありがとう!」
「早速です。ついて来てください」
2人の後を歩きながら、私は自分がありふれた日常から外れた道を進んでいるような気がしていました。
結局たどり着いたのは職場でした。尤も今いるのは入学式が執り行われる体育館でも同僚の皆さんがいる職員室でもなく、校舎の隅にひっそりと存在している教室の前なのですが。
「民間伝承研究部……?」
「その通り! 略して『民研』」
「生徒会に認められていないので厳密には部ではありませんが、ここが私たちの『部室』です」
「さあさあ、中に入って」
微さんに促されるまま中に入ると、こじんまりとした空間が広がっていました。本棚には怪しいオカルト本が並び、部屋の真ん中に置かれた長机や床には何かしらの資料が散らばっています。
そしてまたも2人の少女が待ち構えていました。
「え、うそ、本当に連れて来ちゃったわけ?」
「てへへ、頑張っちゃいました」
「頑張っちゃダメでしょ先輩! 私らただでさえ入学式ばっくれてんだよ。今日から先生になる人まで巻き込んでどうすんのよ」
おお、先輩にタメ口。
「彼女は十二乗音さん。軽音部との掛け持ちです」
「いや、そうなる予定だから。まだ入ってないなら」
「そしてあちらが――」
「初めまして」
声が、とても綺麗な人でした。まるでお人形さんが命を宿してお話しているかのような、この上なく可愛らしい声です。
「平方成といいます。ていりとは幼馴染なので、2人合わせてお見知り置きを」
どうやら三角さんと平方さんはとても仲良しなようです。
「では自己紹介も一通り済んだところで、本題に移りましょうか」
三角さんは私の元へ一歩踏み込み、顔を覗き込むように私を見つめてきました。本題とは一体……?
「虚さん、異世界について何か知りませんか」
「……はい?」
「ですから、異世界のことを何か知らないかと訊いてるんです」
「……」
随分変わった質問ですね。なんと答えたらいいかどころか質問の意味すら分からなくなってしまうほどに。
「……あの」
「ちょっと三角! 愛さん困ってるでしょうが!」
「あら、そうみたいね」
「余裕見せてどうすんのよ!」
「じゃあ成、詳しい解説をお願い」
特に理由はありませんが、この人たちって普段からこんな感じなんでしょうねきっと。
「という事なので、私が代わりに説明しますね。
まず異世界というのは虚さんも意分かると思います。小説やゲームによくある、魔法が存在する不思議な世界のことです。しかしあれは空想の中だけの存在ではなく、実在しています。私たちはそう信じてる。だから情報を集めてるんです。
虚さん、何かご存知ではありませんか?」
「えっと」
他人の価値観が自分と違うことなんて珍しくありません。ですから自分にとっての普通というものをやたらと押し付けるのは決して褒められた行為とは言えません。しかし断言します。この子たち普通じゃない。
「ごめんなさい。全然知りません」
「そうですか。まあていりの想定内です」
「そもそもあなたたちはどうして私に声をかけたんですか? 何が目的なんですか?」
「説明しづらいですね。どこから話せば」
「目的はあんたの弟よ」
十二乗さんが突如放った一言。私をどこまでも混乱させるのに十分な威力を持った言葉でした。
「あ、あの、それって」
「音ちゃんの言った通りだよ。私たちはね、縦軸君を探してるんだ。だから愛さんに声をかけたんだよ」
「縦軸を探してる? 何を言ってるんですか。縦軸は7歳の時に亡くなったんですよ。探すも何も無いじゃないですか!」
「違うよ。縦軸君はまだ生きてる。生まれ変わってね」
微さんが私の手を取りました。
「縦軸君には不思議な力があるの。私たちは〈転生師〉って呼んでる。その力がね、縦軸君を異世界に生まれ変わらせてるはずなんだ。だから探してるの」
あまりにも荒唐無稽。見方によっては故人とその遺族である私や私の両親を笑い物にしているようでもあります。
でもどうしてか、信じてしまいました。都合のいい仮説に縋りたくなるのとは違い、100パーセント正しいと思える何かがあるかのように信じてしまいました。まるで私自身が彼女らの言う〈転生師〉という力を知っているみたいです。
「ねえ愛さん、お願い。私たちと一緒に、縦軸君を連れ戻そう」
どうしてこうなったのでしょう。何処で分岐したのでしょう。今の私を取り巻くある程度非日常的な状況は、いつの何を以って発生が確定したのでしょう。つい今朝までは縦軸はもう帰って来ないと思っていたのに、一体何がきっかけだったのでしょう。
こうして私、虚愛は民間伝承研究部の一員となったのでした。