エピローグ
負けた。
花粉を打ち滅ぼすことは出来なかった。俺の計画は、植物を愛する一人の少年によって阻止された。
「はあ……。これでまた、花粉症と戦う日々に逆戻りか」
強烈な少年の花粉エネルギーを浴びた俺は、自らの力を失ってしまった。そのため、大量のティッシュを持って高校に通う日々に逆戻りだ。
「まあ、でもいいか」
だが、少しだけ変わったこともある。
重度の花粉症だった俺だが、少年と戦ってから目の痒みだけは収まるようになったのだ。依然として鼻水の量が止まることはないが、それでも以前に比べると随分と過ごしやすくなった。
「花田君!」
通学路を歩いていると、後ろから話しかけられた。声がした方に視線を向けると、そこには俺が醜態をさらしてしまったデートに付き合ってくれた相手である花宮さんがいた。
「花宮さん?」
「良かったぁ。この間、遊びに行った日から行方不明だって聞いてたから心配してたんだよ?」
「し、心配? 俺を?」
正直、デートの日に鼻水を垂らす姿をみせてしまった俺への評価はかなり低いものになっていると思っていた。
「うん。この間のデート、折角楽しかったのに途中から帰っちゃうし、もしかして私のせいかなって思ってたんだ」
「そ、そんな! 寧ろ、俺の方こそ鼻水を垂らすような姿見せて嫌われたとばかり……」
俺の言葉に花宮さんが大きく首を横に振る。
「そんなことないよ! 私も花田君の気持ちはよく分かるしね」
「え……? それって……」
「私も小さい頃は結構花粉症酷かったんだ」
花宮さんは俺の顔を見て、微笑んだ。
そうだったのか……。確かに、今思えば俺が花宮さんをデートに誘おうと思った理由も花粉症に苦しむ俺に積極的にティッシュを渡してくれたのが花宮さんだったからだ。
「ねえ。花田君知ってる?」
「え? な、何を?」
「花粉症って食生活が乱れると悪化しやすいらしいよ」
「そうなんだ」
言われてみればそうかもしれない。バランスの良い食生活を送れているときはまだ花粉症の症状も楽だったかも。
でも、高校に入って一人暮らしをするようになってからはカップ麺とか、楽なものばかり食べていた。もしかすると、花粉が悪いと思い続けていたが、俺の花粉症が酷い原因の一端は俺にあったのかもしれない。
「花田君って、一人暮らしなんでしょ? だから、さ」
花宮さんが俺の前に立ち、手を後ろに組み前かがみになる。
「私がお弁当作ってきてあげよっか?」
上目づかいで、花宮さんはそう言った。
その笑顔はとても可愛くて、思わず俺はその笑顔に見惚れてしまっていた。
「花田君? ダメ、かな?」
「い、いや! 花宮さんがいいなら是非食べさせて欲しい! 寧ろ花宮さんの方は俺なんかの為に――」
俺の口に花宮さんが人差し指を当てる。
「なんかって言わないで。私は花田君だからお弁当を作りたいの。じゃあ、早速今日から食べよ」
「え!? き、今日も持ってきてくれてるの!?」
「ううん。でも、私のお弁当折角だし二人で分けよ」
そう言うと、花宮さんは再び高校に向け歩き出した。俺も、遅れないように花宮さんに着いて行く。
暫く歩くと、坂道の上にある俺たちが通う高校が見えてくる。
「あ……桜」
花宮さんが小さく呟く。
俺たちの高校は毎年、春のこの季節になると満開の桜が咲き誇る。
「ねえ。花田君。私ね、花粉症だけどこの季節は嫌いじゃないんだ」
「え? 何で?」
俺にとってこの季節は最悪な季節だ。花粉のせいで毎日がストレス。幸せなことと言えば、花宮さんと話しているときくらいだ。
「だって、大好きな人と私が大好きな花を見て過ごせるんだもん」
花宮さんが俺に笑いかける。その笑顔は満開の桜なんかよりもよっぽど綺麗で、可愛らしかった。
俺が言葉を失っていると、校舎からチャイムの音が鳴り響く。
「わわっ! 急がなくちゃ! ほら、花田君行こ!」
「あ! え? う、うん!」
花宮さんが俺の手を引き、坂を駆けあがる。
花宮さんの手は俺よりも小さくて、でも温かい手だった。
花粉は……嫌いだ。
でも、この季節はほんの少しだけ好きになれそうだった。
ありがとうございました!
花粉症は辛いですが、もう少しこの季節を楽しんでいこうと思います!