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第3話:異世界に放り込まれた日本人みたい

今回は主人公ツカサの秘儀、そしてエデンハイムについてと、少女の正体についてです。

「おやおや? 異世界に放り込まれた日本人みたいな顔してるけど、大丈夫?」


「いや、だって。そうだろ。マナとか魔力とか言い出すから。そりゃあ、剣と魔法が似合いそうな風景だけど……ねぇ?」


 ぐるり周囲を見渡すと、ツカサのすぐ目と鼻の先には、いわゆる中世の街並みが広がっている。


 ツカサの留学している《エデンハイム》は、その昔、街の中心にある大聖堂を起点に栄えた街で、絵本のような中世ファンタジー色がいまも残る古都にあたる。


 国内では珍しいくらい大量の紙本が残る大図書館を有することから、一部では学術都市との呼び声も高い。ヨーロッパの田舎街という土地柄から都市開発の波を逃れ、コンクリートむき出しの高層ビルやマンションといった建物とも無縁だ。もちろん、スーツ姿のサラリーマンを見かけることは滅多とない。


 足元には石をサイコロ状に並べて広がる石畳。

 見上げればゴシック様式の大聖堂。

 街並みはキレイに統一されていて、街なかにはトラムと呼ばれる路面電車がガタゴト走っている。

 空は丸く大きく青く、屋根の上ではご機嫌な風見鶏がくるくると回っていた。


 深い森に見守られるように、山の麓に作られた街のすぐ側には、大きな川が流れており、これが外の世界との境界線になっている。

 街の外には黄金に輝く大草原が広がり、街外れの丘まで足を運べば戦火を潜り抜けた古城まである。


 これを異世界と言わずしてなんと呼ぼう。


 いや、外国だろう!


 なんてツッコミは忘れるとして……。


 ツカサにとっての《エデンハイム》は、雰囲気だけはまさに異世界そのもの。

 金髪の人たちで賑わう異国にぽつねんと立つその気分は、もう異世界放浪者のそれだった。


 もちろん異世界チックなのは風景くらい。

 耳先のとがったエルフ族だったり、トカゲと人を足した亜人だったり、異世界を象徴するような存在はいようはずもない。

 ましてや剣と魔法が飛び交う街でもなかった。

 蔵書であふれかえる自慢の大図書館を訪ねてみたって、分厚い紙の本はたっぷりあっても、魔道書なんてオカルトめいたアイテムはなし。

 現実がどこまでも続く、リアルなヨーロッパ世界がそこにあるだけ。


 もちろん魔力なんてものは、実在しないワケで……。


「って、いったい何の話をしているんだか」


「ん? だから《マナ》について、だよ?」


 銀髪の少女は目をクリクリさせて、諭すように続けた。


「生命に宿る神秘の力、それが《マナ》。それは、ある種の魔力でもあるの。そして、すっごく弱いけど、キミは人よりちょッとだけ。強いマナを持っているみたい」


「また、意味のわからないことを」


 少女は相変わらず真剣なご様子だけれど、実際のところ、住んでいる街の雰囲気がそれっぽいからといって「魔力ですか、そうですか」とツカサはあっさりと話を受け入れることはできなかった。


 だって、日本に置き換えれば、これって道端でいきなり「秘伝の忍術があってですね」なんて話をされるみたいなものだし。


 きっと誰だってそう。

 最初は、信じないと思う。


「今もね、キミの周りをよーく見ると、実はフワフワと《マナ》の光がまとわりついているの。《紫蛍》の光は見えてないの、かな?」


 ほらほら、そこそこ。と少女がツカサのまわりとつんつん指差してみせる。


 しかし、自分の体をひねって確認しても、ツカサの周りには蛍どころか、虫の一匹もまとわりついていなかった。


「べつに何もいないみたいだけど……」 


 なんとなく気持ちが悪い気がして、ツカサは服に飛び付いてくる虫を払い落とす要領でズボンや服を叩いておいた。

 服に付着していた埃が申し訳程度に舞った。けれど、やはり虫だったり蛍だったりは付いていないようだ。


「さてはもしかしてお主。私の言うことを信じていないな?」


「いや、まぁ、魔力って……ねぇ」


 いきなり魔力があなたを覆っていますよ、なんて言われても、信じがたいのが人の心ではありませんか。


 歯切れの悪いツカサの返答にムッとしたのか、桃色銀髪の少女はプリプリと自慢の髪を揺らした。


 海外には、それは素敵な出会いが待っている。

 異国に憧れる人は、ときめくような心躍るような、そんな出会いと期待にワクワクを寄せることも珍しくはない。

 ツカサも例に漏れず、異国に淡い想いを寄せていた一人だった。


 けれど、まさかのこれは想定外。

 マナ?

 魔力?

 ぶっ飛んだ話になってきたものだ。


 本当の本気で言っているなら、きっと危ない人に違いない。


「わかった! どうせ、魔力とか言い出して、この女の子は可愛い見た目とは裏腹に、危ない人に違いない。とか思っているんでしょ? まったく失礼しちゃうなぁ。顔にそう書いてあるもんね!」


 どこか投げやり気味に言うと、少女はプイと横を向いた。


「まあ、どうせ凡人のキミには理解できないもんねーッ」


「いや、凡人かどうかは関係ないだろ。だって魔力って——」


「あー、いいのかなぁ。いいのかなぁ。特別になるチャンスなのになぁ」


 横を向く少女が、チラチラとツカサの表情を盗み見ながら言った。


 少女が言うところの、彼女の上に存在しているらしい何か。

 それは、見える人が特別というよりも、見えてしまった方が異常だとツカサは思っていた。

 なら、見えないに越したことはない。


 そう思うのが、きっと普通ではないか。


「キミは人とは違う《マナ》を秘めている。私はそうも思うの。そりゃあ、少し不吉な予感はするけど、きっと心をピュアにすればね、キミも《マナ》を感じ取れるようになると思うの。そうすれば、ようこそ我らの世界へ、だね」


「こう見えて、心はピュアのつもりだけどね。ピュアの心ゆえに、いちおう話を聞いてあげている」


「真剣に聞いてくれてないもん! それは話を聞いているうちにカウントされませんッ!」


「そこは仕方ないって。だってさ、現実離れしすぎた話だもん」


 出会って数分の見知らぬ人から、魔力がどうと言われても、正直なところ中二病を拗らせた学生だって信じないわけで。


「ゲームとか好きそうな見た目しているのに。魔力と聞けば、うッひょう、大好物でございまーす。って飛びつきそうなのに」


「どんなイメージでオレを見ているんだよ」


「いま言った通りッ、だよ?」


「むむ……。オレは見かけによらないんだ。それに、仮にもし《マナ》とやらが見えたからってどうなんだよ」


「見えないと物語が始まらないじゃない?」


「はい?」


「ただの留学生の毎日なんて、キミも退屈でしょ?」


 これには一理あった。

 住めば都とはよく言ったものだけれど、非日常的な海外だって、始めこそ新鮮だけれど、住んでしまえば慣れてしまうもので、意外と退屈になったりする。

 慣れるというのは、習慣になるということで、憧れを普通に変えてしまうことでもある。

 それは良いことでもあるけれど、悪いことでもある。


「キミは選ばれし人。特別なものが見える存在かもしれないのに」


「……」


「このまま辞めてしまうの?」


 どうしてか、ツカサは何も言えず黙っていた。

 何かが始まるような、そんな期待でもしているのだろか。


「さあさあ、始まるざます、行くでがんすで、異世界物語のはじまりはじまり〜。パチパチパチ〜。キミは突然現れた美少女を救うため、未知なるマナを駆使して異国で大活躍を始めるのであった」


「ちょッ、勝手に始められても」


「なによーモー。つれないなあ。思い出してよ。初めて《エデンハイム》に来た日のことを。あんなにノリノリだったのに。異世界だーーーって両手を広げてヤッターーーって叫んでたじゃない。ねぇ? あわや裸踊りでも始まるんじゃないかってヒヤヒヤしたもん」


「まるで見ていたみたいに言うけど、そんなことしてないからな。あと裸踊りはしないから」


「はいはい。照れなくてもイイって。私はなんでもお見通しなのですよ。()()()くんって、酔っ払うとすぐに裸踊りするもんね」


「……って、えッ!?」


 あれ?

 言った覚えはないけれど、どうして知っているのだろう。


 秘技・裸踊りの舞。

 それはいわば禁じ手。

 酒乱に満ちた夜にささやかな彩りを添える、正義でもあり悪手でもありえる妙義。

 ご存知の通り、日本ではお酒解禁の年齢は二十歳以上。

 けれど、このルールは実は海外では異なっていることがある。

 郷に入っては郷に従えなわけで、海外に入っては海外に従え。

 海外には海外のルールがある。

 外の世界にでると、基本的には海外のルールが適応される。

 つまり、たとえ二十歳以下でも、お酒が飲める国に行けば、飲酒解禁! アルコールOKになるのだ。


 反対に、二十歳でもお酒が飲めない国だってあるわけで、そこではルールを破るとNG。

 ちなみに《エデンハイム》では18歳以上が成人とみなされ、すべてのお酒を飲むことが許されている。


 ツカサの年齢は18歳と数ヶ月だった。

 エデンハイムでは飲めるお年頃に達しているツカサではあるけれど、酔っ払ったからといって、裸で踊り出したことはなかった。

 もちろん、出身地に代々伝わる、伝統裏芸能『秘技・裸踊りの舞』を解禁した覚えもない。


 ちなみに、エデンハイム到着初日に高ぶるテンションから実は「ヤッターーー」と叫んでいたことは内緒だ。


 それはさておき。 


 重要なのはそこではなくて。


 さっき、彼女は何て言った? 

 この少女、やっぱり何かが、変だ。

 おかしい。

 どうして。


 どうして名前を知られているのだろう。


 出会ったのはついさっきのはず。初対面のはずだ。ツカサという名前を知っているはずもないのだけれど。 


「驚いた顔してるけど、もしかして名前のこと?」


 ツカサの心中を察したのか、少女は心配そうにツカサの顔を覗き込んだ。


「オレの名前……どうして?」


「顔に書いてあるもん」


「えッ?」


「なーんて。ウソでした。名前はね。そりゃあ知っていますとも。なんたって小さい街だから。今どきエデンハイムに留学する人って珍しいもんね。東側から来た人って、それなりに目立ちますから」


 自慢げに話してみせると、少女は少し声のトーンを落とした。


「っと、そんなこと今はどっちでもいいよね。もし、フェアじゃないことを気にしているなら、私の名前はハイデリカ。もしかしたら知っているかもだけどね」


 ハイデリカ。

 知らない名前だった。


「あれ? 気が付かなかった? あそこに大きく飾られているよ」


 ハイデリカが指さす方向をみると、写真と名前の入った大きな垂れ幕が大聖堂の壁面に張り出されているところだった。


 まるで全国大会へと出場を決めた部活を応援する横断幕みたいに、エッサホイサと数名の大人たちが作業を進めている。


 大人たちに抱えられて、美しく加工された女の子の写真がまばゆい光を放っていた。


「メイク次第で可愛いは作れる!」とは聞くけれど、大聖堂に掲げられた写真とハイデリカを見比べると、その差は歴然だった。

 実物よりも少し小顔に、肌の色艶も良し! 瞳はキラキラと輝いている。

 おまけに胸のあたりの膨らみも増しており、写真の中のハイデリカは自信満々にドヤ顏を浮かべていた。


「実物とその……違くない?」


「わお! 褒めるのがお上手! 褒めても何もでないよ。ポップコーンならあるけど」


「いやいや。盛りす——」

「ん? なにか言ったかな?」


 グイと詰め寄るハイデリカは表情こそ笑っている。

 けれど、これはきっと、笑ってはいないやつ。


「……なんでもないです」


「ん。よろしい。あとね、大事なところを見逃しているよ」


 あそこ、あそこ、とツンツン指差す箇所を見ると、


【騎士祭メインイベント:祈りの儀式】

 《士師:ハイデリカ=ロートシルト》


 と書かれていた。


「今日から始まるお祭り《騎士祭》で主役を努めます。ハイデリカと申します」


 背筋をピンと正して、より丁寧にあらためて、ハイデリカは自身の名前を告げると、あたりに神聖な空気が流れた。


「次のテストに出るから、ぜひ覚えておいてくださいね。ハ・イ・デ・リ・カ。覚えやすいでしょ?」


 銀髪の乙女が軽く膝を曲げてお辞儀をすると、彼女の周囲を小さな紫の光たちが舞った。


「なッ、なんだッ!?」


「ね、見えたでしょ?」


 ハイデリカの周りに突然現れたのは紫に輝く小さな光の塊だった。


 拳ほどのサイズのものから、大豆サイズまで、さっきまで存在していなかった大小様々な紫の光が急に姿をみせ、蛍のように明滅している。


 紫に輝く光とって、重力は関係ない存在なのか、二人の間をふわふわと気持ちよさそうに泳いでいる。


「どう? 《マナ》の正体見つけたりぃッ! 世界は今、ちょっとだけスライドしたッてね。では、あらためまして。ようこそ我らが世界、マナと不思議の異国エデンハイムへ。少しは私の言うことを信じてくれたかな?」


 かすかなざわめきをツカサは自身の内側から感じた気がした。


「かく言う私には、ちょっとした秘密があってね」


 何かとんでもないことに巻き込まれようとしているのだろうか。

 予感を知らせる予兆のように、宙に浮かぶ紫の光は点滅を繰り返していた。 


「ツカサくんって、預言なんか信じちゃうタイプ?」


「預言?」


「そう。いまもきっとどこかで見られている……。預言の魔女と呼ばれる人にね。実は命を狙われているのよ私」

少女との会話は次話で終わりです

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本編は作者ウェブサイト【異国に封じる災禍の妖女】にも掲載中です。

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