第1話:君にマナは見えている?
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「もしかして、キミには見えているの?」
とある金曜日のこと。
教会の鐘がリンゴンリンゴン鳴り響く、そんな異国情緒ある夕下がり。
大聖堂の前でのことだった。
銀髪の乙女がふんわりと舞い、細身で華奢な少女がツカサの前へと飛び出してきた。
軽やかなジャンプはゆるやかな弧を描き、少女の手に持った紙袋から、猛烈に甘そうなカラフルポップコーンたちが弾け飛んだ。
「ねぇねぇ、見えているのかな? って私は聞いているんだよ」
「は、はい?」
コーンを狙った白鳩たちが空から舞い降りるなか、はずむ天使みたく、噂の少女はツカサの前に登場したのだった。
不思議なことに出会うのが海外。
そして、何が起きるか分からないのが海外留学。
そんな話を耳にしてはいたけれど、青天の霹靂というか、寝耳に水というか、これはなんとも想定外。
日本を離れたはるか遠い西の世界、中世の街並みが今も残る異国の街で、阿波志麻ツカサは自分の置かれた状況に混乱していた。
「見えるの?」
クリクリとした瞳で少女は言ったのだが、えっと、いったい何の話だろう。
ツカサの目の前には、異国の風景が広がっている。
中世騎士の都を彷彿とさせ、石畳が広がる街並み。豊かな山々に囲まれた美しい異国の情景。
それはツカサにとって、いつもと何も変わらない街並みでもある。
もちろん、日本の風景とは違うけれど、現在進行形で留学中のツカサにとっては、特別に変わった景色でもない。
桃色を帯びた銀髪の乙女がいきなり飛び出してきたということ。
この一点さえ除けば、変わったところなんて何もないのだ。
ましてや『普通の人には見えない何か』が見える。そんな超常現象に遭遇したわけでもあるまい。
と、いうことはだ。
結論——。
どうやら、面倒な娘に絡まれることになったらしい。
「さてはキミ! 変な奴が来たぞ、怖いな〜嫌だな〜……とか思ってるでしょ」
「いや、別にそこまでは思ってないけど……」
「じゃあ、少しくらいは思ってるってこと? 初対面なのに失礼しちゃうなあ」
大聖堂から美少女がいきなり飛び出してきて、おまけに意味の分からないことを語り始める。
誰だってそんな目に合えば、きっとビックリ仰天なわけで、驚かない人の方が珍しいはずだ。
それが海外、異国となればなおさら。怪しさだって100点満点だろう。
困惑するツカサをよそに、少女は青色に輝く丸い瞳をパチパチとさせて、一直線にツカサのことを見つめていた。
「もしかして……」
少女は唇に指をあて、値踏みでも始めるように「うーん」と唸ると、上から下へとツカサを眺めていた。
二つに結んだピンク色混じりの長い銀髪がふわりと揺れて、女の子らしいトリートメントの香りが舞っている。
きっと、こんな娘を天使みたいに可愛い美少女なんて呼ぶのだと思う。
いやいや、見た目の可愛さに翻弄されてはいけない。
これは海外暮らしの心得でもある。
意味の分からない言葉で混乱させて、気が付いたら財布を盗まれていた。なんて話はよくあるわけで。もしかすると、可愛い顔をしたスリ師かもしれない。
異国の世界で無一文になる、そんなエンディングだけはさすがにゴメンだった。
「分かった! キミは異国の人だった! なるほど、なるほど、だからね」
何かを納得したのか、うんうんと確認しながら少女は一人で頷いた。
手に持ったポップコーンを地面に置くと、少女は大きく両腕を広げ、胸の前でパンと手のひらを合わせ、そのままペコリとお辞儀してみせた。
「コンニチハ」
ワザとらしいくらい、丁寧なくらいに、カタコトの日本語だった。
「ね?」
「いや、ね? って言われても……」
「日本から来た人でしょ? どう? 正解でしょ?」
なんだか馬鹿にされているみたいで癪な気もするのだけれど、たしかに正解。
茶色と黒の混じった髪色、それに瞳の色なんかで、きっと日本人だと分かったのだろう。
ツカサは日本からやって来た異国の人にあたる。
さらに言えば、取り立てた特徴があるわけでもない、ごくごく平凡な一般ピープルだ。高校でのテストの点は平均点、霊感もなければ、得意なスポーツがあるわけでもない、悪くもなければ良くもない。
全てにおいて平均点をいく青年。
かっこよく表すならオールラウンダーで、悪くいえば凡人だ。
「こう見えても私、日本語はペラペラなのよね。驚いたでしょ」
銀髪の少女は青い瞳をピカピカ輝かせると、自慢げに鼻を高々とさせた。
海外旅行くらいの短い期間なら、たしかに街中で日本語を耳にするだけでも驚きだ。「どうして日本語を喋れるの!?」なんて、ビックリ仰天なこともあったり、「誰だよ変なギャグ教えた奴は……」と日本人なら誰もが聞き覚えのあるギャグを披露されて呆れ果てる、なんてこともある。
でも、これが海外生活となれば、ちょっと話が違うというか、感覚が変わってくる所があった。
日本人の父や母を持つ人だったり、日本語を学校や趣味として勉強している人だったり、日本語を喋れる人というのは、海外にも少なからずいるわけで、ともなれば街中で出会うことだってある。
ツカサが驚いているのは《日本語を喋る異国の少女》とは、別のところにあった。
「ビックリしたのは日本語が喋れる部分じゃなくて」
「それもそっか。キミはこっちの言葉も喋れるみたいだし。じゃあ、文化の違いとか?」
「イヤ、じゃなくて。急に飛び出して来て、いったい何の用だろうって?」
「ああ! そうだったね! いッけない。いッけない。私としたことが。つい脱線しちゃった。えへへ」
整った少女の顔がグイと迫り、ツカサの前でにっこり微笑みかける。
「キミはさ、《マナ》を感じること、できるの?」
「ヘっ?」
思わず間抜けな声が漏れていた。
「実はね、すごく微弱だけど、キミから《不吉なマナ》を感じるの」
いきなり何を言い出すのかと思えば。
《マナ》を感じる?
いったい何のことだろう。
スピリチュアル的な話?
《不吉なマナ》というくらいだから、きっとよくない話だとは思う。ツカサは嫌な予感を抱いていた。
(これって、高額ブレスレットとか意味不明な壺とかを買わされる手口じゃないよな……)
キミにはね、実は悪いオーラが付いているのよね。邪気を払うにはこれ、この黄金のブレスレットがいいよ。今ならこの出会いを記念して10万円ポッキリにしようかな。あと、壺ね! これもあれば運気アップだよ。二人の素敵な出会いを記念して、勝っちゃおっか(ニコッ)。
なんてセリフがこの会話の最後に待っている。そんな予感がツカサの脳裏に浮かんでいた。
その証拠とばかりに、少女の左手首にはブレスレットが不気味に輝いていた。
可愛い美少女のセールストークには、抵抗する術などなし。ウブな男の子は最弱なのだと相場は決まっていよう。もちろん、10万円なんて大金持っていないけど。
断りきれるだろうかと、早くもツカサは弱腰になっていた。
無一文エンドの文字がチラつき、しっかりせよツカサは自分を奮いたたせた。
要するに先手必勝で、出方を封じてしまえば良いのだ。
「壺なら、買いませんからね!」
きっぱりとツカサは宣言した。これで勝ったに違いないと。
「はい? 壺? なんの話?」
「ブレスレットもいらないから!」
「えっと? ん???」
あからさまな困惑を浮かべて、少女は首を傾げた。
あれ? セールストークが始まるんじゃなかったけ?
ツカサもまた、あからさまな困惑顔をうかべていた。
「うーん。無視していいの、かな? 今のセリフ?」
「えっと、あ、はい……」
これが俗に言う、気まずいってやつか……。二人の間をただならぬ空気が流れていった。
いたたまれなくなったツカサはそろそろと両手を持ち上げた。
きっと全世界の共通言語だと思う。いわゆる降参のジェスチャーポーズだ。
こうなれば、まずは話を黙って聞こうではありませんかって。
「えと……マナって、なに?」
少女は空気を抜くみたいに「うん〜」と鼻から息を吐いた。
「《マナ》っていうのはね。生命に宿る自然由来のエネルギーのこと。キミは他の人よりも、すこーし、ほんの少しなんだけど《マナ》の力が強いみたいなの」
そんなに強調しなくても、そう思わずにいられないくらい、少しの部分を強調しながら銀髪の少女は言った。
「でね、この街で《マナ》が強い人ってとても珍しいから。もしかしたらだけど、キミには見えているのかなって? 気になっちゃって。それでね。あとはキミから《魔女のマナ》にも似た不吉なものも感じる気がするの」
ツカサは黙って話に耳を傾けていた。
少女の目はいたって真剣で、青く澄んだ瞳の中に紫に輝く熱を感じた。彼女のなかでは大マジメに話をしているらしい。
けれど、しかしだ。
「ごめん、オレには話の意味がさっぱり分からないんだけど。見えるって、何のこと?」
「むむむ……」
訝しむように、少女からジトッとした視線が飛んできた。
間を置くように、少女がコホンとひと息をつく。
顔はまっすぐ前を向けたまま、少女の人差し指がツンツンと上を見るように促した。
「コレ、なんですけど……」
一瞬、ひやりと、妙にイヤな予感がツカサの前を横切った気がした。
ほんのりだけれど。
顔を上げることをためらうものを感じる。
見てはいけない、いや見るべきではないのだろうか。
「私が意識させたからかな? もしさっきは何も見えていなかったとしても、今なら見えるようになってるかも」
少女は「ほいほい」と自身の真上をみるように指をさした。
本当に、見ても大丈夫だろうか……。
そう感じさせられる、独特なオーラの流れをツカサは頭上から感じ取っていた。
禍々しいような、でも暖かいような、少女の上から何かが自分を見ているような。そんな圧力だった。
理由はよく分からないけど、これ以上は進みたくない夜の裏路地みたいな感覚に近い気がする。
「ささ、どうぞ?」
美しい銀髪が誘うように揺れた。
ここまで来て、「ではサヨウナラ。またこんど」と回れ右をして帰るわけにもいかず、もはやツカサのプライド的にも後に引けない状況だった。
どうか、何も見えませんように。
こうみえて、幽霊とかは苦手なのだ。
ツカサは願いながら、ゆっくりと少女の指先を追うべく視線をあげた。
初執筆&初投稿&初なろうです。完結まで書き切ってはいるので、完結させる予定ではいます。