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青臭い

「そっか…この場合はご愁傷様でいいんだっけ?」


「それ本人に聞いちゃう?」


 一世一代とまではいかなくとも、相当な勇気を要した告白は軽い冗談で受け流されてしまった。それが彼女なりのフォローなのかもしれないが。


「まあ、白川くんが、星崎さんに好意を持っていた事は何となく気づいてたよ」


 六嫋盟はそう言って俺の隣に並ぶ。不思議な事に、彼女の言葉に驚きはしなかった。女子の感ってすごい!程度にしか感じなかった。


「でも星崎さん好きな人いるんだよねー」


 またしても驚かない。何も感じない。恋心を抱いている相手に嫉妬するのは当然だと思っていたのに、必ずしもそうではないと言うのだろうか。


「…そうか」


「およ、意外な反応だなぁ。もしかして知ってた?」


「いやいや。内心めっちゃビビってるぞ」


「なら、痩せ我慢ってこと?」


「だろうな」


 違う。何も人を好きになったのは初めてではない。俺は人並みに嫉妬するし、好きな相手の事となると悉皆の感情が敏感になる。つい目線でその人を追ってしまうし、話す時は緊張で脂汗が滲む。見栄も意地も張る。ならばこそ、俺が星崎に抱いてる感情はただの恋愛感情ではない。別の何かが混入している。そしてそれは、コーヒーに混ざったグラニュー糖のように、見ただけでは区別はつかない。実際に味わって、五感で感じなければその正体は分からない。きっと、そういうものなのだろう。


「ふーん。本人の前じゃないなら強がらなくてもいいんじゃないの」


「そういう問題じゃないだろ。その…何だ、恥じらいとかあるんじゃないの」


「乙女かっ。でも男子高校生っぽくていいよね、そういうめんどくさいの」


 六嫋は、ばしばしと俺の肩を叩いてけらけら笑う。…力強っ。本当にバシバシ鳴ってるし。ちょっとくらい遠慮しろよ。いや、ボディタッチはいいんですけどね。むしろもっとやって欲しい。


「い、一応、全高校生男児がそうとは限らないとだけ言っとくぞ」


「ふふっ。高校生って言ってもまだまだ子供。尻の青いガキだよ。私も含めてね。」


 あくまでも、あっさりと言い切ってしまう。自分を否定するのに、こうもニヒルに成り切れるのだろうか。


「自分がガキなら他人にガキって言えないと思うんですが、その点はどうお考えですか」


「そこは…そう! 蛇の道は蛇って言うでしょ。分かっちゃうんだよねー、そうゆうの」


「それは俺も分かるな。同族嫌悪ってやつだ」


「いやそれ全然意味違うじゃん!」


 今度は呵呵と笑う。相好を崩した六嫋の顔は、彼女の大人びた雰囲気や口調とは真逆の、無邪気な幼さを感じさせる。その笑顔につられて、俺もつい顔が綻んだ。


 

 ふと、視界の端で青信号が点滅していることに気がついた。


「あっ、信号変わるぞ」


「ふぇ、ああ、私この信号渡らないよ」


「は?」


 こいつ、さらっととんでもないこと言いやがったぞ。


「ごめんごめん。駅まででいいって言ったけど、一応ここ駅の敷地内だからさ。」


 確かに、六嫋の言ってることは間違ってない。周囲を駅の関係施設に囲まれた場所に位置する交差点であるから、解釈によってはそう捉える人もいるだろう。


 だとしても…


「俺ただカッコつけて恥ずかしいセリフ吐いただけじゃん」


 六嫋には届かない声で呟く。口に出さないと恥ずかしさで悶えそうだった。

 

 タイムリミットである信号と葛藤して導いた答えも、ただの茶番になってしまったということだ。そう考えた途端、全身の血流が迸り、服の内に熱が篭り、背中に汗が滴る。


 六嫋には事情は分からないだろう。俺の勝手な思いこみで、勝手に考えを発展させて言った言葉には、その端倪は込められていない。それだけが唯一の救いだった。


「いいよ、別に。じゃあ俺こっちだから」


 誰も知らないないならを恥じる必要などあるまい。このまま思い出すことなく、記憶の外に追いやって仕舞えば全て解決する。…それができたら黒歴史なんて言葉は生まれないんだよな〜。嫌な思い出ほど脳に深く刻まれているのです。


 ならば今すべきことは、早く1人きりになって消えぬ記憶と葛藤することのみ。


 六嫋に一瞥もせず立ち去ろうとしたその時、彼女が素早く俺の目の前に立ち塞がる。


「連絡先教えてよ」


「…いや何で」


 面と向かって言われるのは初めてなので反応に戸惑ってしまう。女子の連絡先というものは男友達経由で勝手に登録されてるものだとしか思っていなかった。さらに、2、3言話して以後何も来ないというオチつきだ。


「いいじゃん。ほらほら、携帯出して!」


 勢いに流されるままにズボンのポケットからスマホを取り出し、六嫋に差し出す。


 嫌という訳ではない。どうせ長くやり取りが続く訳でもないし、連絡先を知らないと困るような仲でもないから、正直どうでもいい。だが、女子の連絡先は僅かに心を躍らされる。たとえ意中の子でなくとも、異性というだけで期待してしまう。うん。青臭いな。


 …大人になったら、この青臭さも消えるのだろうか。


 そうしたら、俺は無臭になってしまうのだろうか。思春期特有の自己承認欲求も、掃いて捨てるほどの悩みも、大人になったら何も感じなくなるのか。それは寂しいことだと思うけれど、一日千秋の如く待ち侘びる自分がいる。やはり青い。青い者たちの春で、青春である。


「はい、お待たせ。白河くんラインやってないんだね」


「あー、高校上がる時に消した」


「それって不便じゃない?」


「別に。そんなに多くとやり取りしてないしな」


 受け取った自分のスマホを確認すると、連絡先の欄に知らない番号があった。とくん、と心臓が鳴って爾来、特に何も感じない。中学の頃なら欣喜雀躍していただろう。


「へー。友達いないんだ」


「何でそうナチュラルに地雷踏むんだよ。少ないだけな」


「まっ、それはどうでもいいけど。…帰ったらメッセージ送ってよ」


 

 そうして、俺たちは解散した。


 振り返るも、すでに六嫋の姿は見当たらない。


 ほんの少し昂った心臓は、すでに平常運転。


 こうやって何も感じなくなっていくのだろう。経験して次の糧にする。それが大人になるということ。経験しないと大人になれないというのは何とも厄介である。それでも、それが大人になるためのプロセスなら、甘んじて受け入れるしかない。


 けれども、本当は、過去を犠牲にして大人になんてなりなくない。だから…


 やはり、やはり青臭い。

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