六嫋盟と三住綾子①
秋の空は釣瓶落としというが、よもやここまで急激に暗くなるとは思わなかった。つい先程までのオレンジ色の校舎は見る影もなく、今ではすっかり無機質に光る電灯の光に塗り替えられてしまった。それに連れて気温も幾らか下がったようで、震える体を少しでも温めるために軽いステップを踏みながら玄関に辿り着いた。
「あ、白河くんだ」
外はもっと寒いんだろうなと覚悟を決めて靴を履き替えると、出口近くから間延びした声が聞こえてきた。
玄関の電灯は付いておらず視界が悪かったが、すぐに声の人物を特定できた。女子の中じゃ比較的高い身長に、暗がりでも形を判別できる鋭くて大きい目。自習時間のスマホさんこと三住綾子だ。こんな所で何をしているのか、と聞きたいが、生憎とそこまでの仲ではないので、この場は軽く挨拶でもしようと喉の先で言葉を選ぶ。数秒かけて言葉を選んだところで三住が続けて言った。
「ちょっと話し相手になってよ。盟が教室に忘れ物取りに行ってるまで」
「別にいいけど…」
特に断る理由も、不利益になる理由も特になかったので何となく了承する。
三住はすぐそばにあった傘入れに腰かけると、その隣をぽんぽん叩いて頤を降った。座れ、ということだろう。それを首を振って断ると三住は口を開く。
「星崎さんのこと、何か知ってる?」
そのセリフに既視感を感じた。…そうだ、自習時間でも三住が会話を切り出していた。そして、話題も同じく星崎のこと。偶然か、他意があるのか。これがただの下世話ならいいのだが、そうでない場合は、さっきの出来事を言っていいのか迷った。
「いや、何も知らない。そういうのは担任が一番知ってるはずだろ?そっちに聞いたほうがいいんじゃないか」
「もう聞いた。何も教えてくれなかったけど。」
それは、要は生徒には教えられない理由で学校に来れないという事であり、少し考えれば推し量れるはずのことだ。三住の、まるで闇夜に落し物を探すような行動に、どうしても違和感を覚えてしまう。
「そんなに気になるのか?」
「なるよ。友達だもん」
「え、星崎さん友達いたの?」
驚きのあまり、つい余計なことを口走ってしまった。しかし、三住はそれを聞いても、怒った様子は見せなかった。
「まぁ、あの子暗いし、話しかけてもろくに返事もしてくれないし、まともに会話ができても2、3言くらいで話切ってくるし…」
…それは友達と言えるのだろうか。
「…それでも、私にとっては友達。だから心配なの」
真剣な声だった。本気で星崎の事を案じているのだろう。それを微笑ましく思った俺の心には、罪悪感が芽生えていた。
「星崎は…」
言葉を絞り出して告白をしようと言いかけたその時、階段を駆け降りる音が玄関に響いた。
「遅くなってごめん!鍵閉まってて二の足踏んじゃってさ。あっ、白河くんだ。やっぱり行き違いになっちゃったか」
階段からダッシュで駆け寄り、俺の横ではぁはぁ息を切らしている人物こそ、三住が待っていた相手だった。六嫋 盟。大人しめな印象を受けるのに、意外に明るく、クラスで一番目立つグループに属している。その誰に対しても気さくな点も、見た目とのギャップを感じさせ、それが彼女の魅力であると理解した。
「そうだったんだ。じゃあ全部白河くんが悪いってことか。責任取りなよ」
「いや何でだよ…」
ほんと何でだよ。いや、悪いとは思ってるんだけどね。日直サボった件もまとめて悪いと思ってますよ。
「まぁまぁ、貸し一つってことでね」
そう言って、六嫋は肘で俺の胸辺りを突いてくる。だからギャップ凄すぎるだろ。大抵の男子ならすでに惚れてる。
「じゃあ帰ろっか、綾子。白河くんもまたね」
「暇つぶし付き合ってくれてありがとう。じゃあね」
「ああ、おう」
いつの間にか靴を履き替えた六嫋は、三住と共にこちらに手を振っている。
「あっ、言い忘れてた。星崎さん職員室にいたけど、何か話した?」
「「えっ?」」
隠し通そうとしていたものを掘り起こされ、晒されたような唐突な出来事に、俺はどんな顔をしていたか。こちらを見つめる三住の顔で察しがついた。