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蕭条な再会

 星崎夜船が学校に来なくなってから、およそ1ヶ月経った。正確な日付は記憶していないが、文化祭の次の次の週から来なくなったことを考えると、およそそのくらいだろう。


 クラスでも星崎の事が度々話題に持ち上げられるようになった。俺はその話の輪に居たことはないが、道聴塗説の限りではどれも下衆の勘ぐりでしかない。そして、おそらく星崎はクラスメイトの誰とも接触を持っていなかったのだと、彼ら彼女らの口ぶりから推測できた。それに加えて、星崎が学校を休んでいる理由が分からない事も噂話を助長する要因となっていたのだろう。


 

 ちょうど、自習中だというのにずっとお喋りをしている廊下側のグループが星崎の話をしているようだった。窓際の席からは誰が話しているかは分かっても、内容は節々しか分からない。一番明るい髪のあいつは無駄に声が大きいとか、不遜な態度のあいつは声を伸ばしがちでイラッとするとか、なんでそのグループにいるの?と思う眼鏡っ子は話を運ぶのが上手いなとか、足を組んでスマホ弄ってるあいつはほとんど喋らないくせに良いとこばっか持っていくなとか、その程度の情報ばかりが頭に入ってきた。あ、今全員驚いたな。スマホさんとか口あんぐりしてるし。気になる〜。といっても、俺はクラス内女子最優グループに一人で話しかけられるほどの地位は持っていないので、彼女らが話している星崎の、耳目を驚かすような話は聞けないということである。そう諦観すると急激に眠気が襲ってきた。それに抗う理由もなく、俺の上半身は机に吸い込まれていった。





 窓の外から聞こえる賑やかな声、ほのかな温もりを感じる薄橙色の斜光、加えて、教室に明かりがついていないことから、今は放課後だと認識した。6時間目の授業の終わりから終礼までの記憶がない。まさに白河夜船だ。俺の苗字が白河だから星崎と結婚したら四字熟語が完成してしまう。なんてバカげたことを考えないと、恥ずかしさが全身を這い回りそうだった。一人だけ終礼で起立してなかったとか、起こされたけど起きなかったなんて考えると軽く死にたくなる。胸中が悶えるような恥ずかしさを深い溜め息と共に吐き出して、無人となった教室を施錠した。


 例年より少し早い寒波が来ているようで、校内にはブレザーを着ている生徒も少なからずいた。それに比べて、シャツ一枚の我が身は何と貧相に見えることだろうか。しかし、薄布を容易に貫通する寒さは寝起きの身には心地よく、弛んだ目蓋も、職員室に着く頃には羽毛の如き軽さを保っていた。


「失礼します」


職員室を一望して中に入るが先生は誰一人いなかった。その変わりに、広い職員室の中にただ一人だけ生徒がいるようだ。その光景がやや異質に感じて内心に不安が募ると同時に、件の生徒の後ろ姿を見て、俺は驚嘆した。


「…星崎さん?」


確信は無かったが、すぐにでも確かめずにはいられない焦燥感に駆られる。たった1秒も待てないと言うように、考えるより先に口に出ていた。


「…え、えっと。白河君だよね。同じクラスの…」


振り向いてこちらをおどおどと見る瞳は、間違いなく星崎本人だった。不思議な事に、俺と星崎が今までに交わした会話はごく僅かなものだけれど、それでも、彼女の特徴の薄い声が妙に懐かしく、なぜか星崎夜船の声だと判断できた。僅かな会話だからこそ記憶に深く刻まれていたのかもしれない。


「久しぶり」


「あっ、うん。久しぶり」


「何してたの?」


「え、えっと…体調崩しちゃって」


「いや…そっちじゃないんだけど」


「あっ、今の方ね。井和須先生にちょっと用事があって…」


「そっか。…じゃあ学校復帰するの?」


 星崎は俯いて視線を逸らすと、余計なお世話だと言外に訴えるように言った。


 「……それは、もうちょっと先かな。なんかごめんね。心配しなくても大丈夫だから。そ、それより白河君はどうしてここに?」


 星崎のあからさまな拒絶が五感から離れない。迷惑だと、話しかけるなと。何故拒絶するのか、などと正面きって言えるはずもなく、俺はただ気づかないふりをするしかなかった。


「俺は鍵返しに来ただけ」


「そうなんだ。ふーん」


 その後、僅かな間の後に、俺の足は動き出した。鍵を職員室に入ってすぐの鍵掛けに収納して、お互いそれ以上何も言わず退室した。


 振り返り際に一瞬だけ見た星崎の顔の暗く、陰鬱な表情は、彼女のものだとは到底思えなかった事が、いつまでも頭の隅から離れなくて鬱陶しい。

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