第十四章・査問委員会 Ⅱ
Ⅱ
その一方で、艦隊副司令官に自分が選ばれると知った、元第五艦隊副司令官のチェスター大佐は、余所者であることを遠慮して辞退を申し出ようとしたのだが、
「私は、子飼いであるとか片腕であるという理由だけで、重要なポストに選ぶというようなことはしたくありません。最適任者としてもっともふさわしいのは誰なのか十分検討した上での決定です」
と諭されて、大任を引き受けるにいたったのである。
当初、チェスター配下の者達は、ゴードンやカインズとその配下の者が、素直に自分達の指揮官に従ってくれるのだろうかと疑問を抱き、警戒すらしていたようだったが、意外にも指揮系統の混乱すらなく、すでに副司令官としての地位が確固として築かれていたことを驚いていた。
作戦案捻出のため、自室に引きこもることの多くなった艦隊司令官の代行として、旗艦艦橋の最高司令官席に陣取って指揮を執るチェスター大佐の命令を、士官達はもちろんのこと末端の一兵卒に至るまで、秩序正しく遂行されていく姿勢は心外だった。
これはすなわち、艦隊司令官たるアレックスの指揮統制能力の極致を表すものとして、チェスターやその配下の者達を震撼させるに十分であった。
「実に規律の行き届いた素晴らしい艦隊だ。君達は、その艦隊の一員となったことをいずれ感謝せずにはおれなくなるだろう」
配下の者達を前にして述べた言葉が、チェスター大佐の艦隊司令官アレックス・ランドールに対する忠誠の証として語り継がれ、後に刊行される艦隊名言集に収録されることとなるとは本人も知る由もない。
「それにしても、提督は自室に籠ったまま、何をなさっておいでなのでしょうか」
いくら副司令官を信用してくれているとはいっても、任せっぱなしとなると、不信感も沸き起こるのも道理というもの。
首席参謀のマーシャル・クリンプトン中佐が、提督の片腕と称される人物達に尋ねてみた。
「ああ。寝てんじゃないの?」
とは、もっとも付き合いの長いゴードンの弁。本来なら、彼が艦隊副司令官に推挙されるのが筋というところだったのだが、不平の念を微塵も見せずウィンディーネ艦隊『第一分艦隊』の調整に余念が無い。本人にしてみれば、自分が育て上げたウィンディーネ艦隊の統括指揮権を奪われる方がつらいのだ。生死の境を幾度も潜り抜け共に戦いぬき、命をも捧げてくれる優秀な部下達と培われた厚い信頼関係を、水に流してしまうようなことはできなかった。
「違うわね。最近、詰め将棋に凝っていて、それを一所懸命に解いてるのよ」
と、これはジェシカ。
「寝てはいるかも知れませんけど、ニールセン中将の無理難題を解決しようとして、不眠不休で働いてきたので、今のうちに寝だめしてらっしゃるのかも知れません。詰め将棋だって、作戦を考える上で柔軟性を磨くのだとおっしゃってました」
パトリシアが懸命に弁解する。副官の務めとして、悪口をいえる立場ではなかった。
「馬鹿ねえ。あなたがそういえば、それが本当ということがばれちゃうじゃないの」
レイチェルがたしなめる。
「わからん……」
ぶっきらぼうに答えるのは、カインズである。正真正銘の軍人気質で、アレックスの考える作戦には、微塵の疑問も抱かずに実行する彼でも、私生活に近いことにはまったく無関心であったから。
「規律は厳粛に守らなければならないが、非番時における私生活の部分には、一切干渉しないという風潮があるからなあ……。シャイニングとカラカス両方面を一個艦隊で防衛しなければならないから、そのための作戦を練っているのかも知れないな」
一番まともな回答をしてくれたのがディープス。
「はあ……どうも、ありがとうございました」
丁重に皆に礼を言ってはみたものの、結局のところたいした情報は得られなかったに等しい。私生活面はともかく、敵艦隊と戦端が開かれるや、指揮官席に陣取り見事な作戦を用いて、味方艦隊を勝利に導く、という点では皆の意見は一致しているのだが。
艦隊内で生活する人々の提督に対する感情は、自分達の指揮官を作戦面で尊敬するのは当然としても、その心底には個人的性格面からくる敬愛とよぶに等しいものを持っている。
それは一体どこからくるものか?
考えれば考えるほどわからなくなってくる。しかし、一朝一夕で理解できるものではなさそうだ。




