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銀河戦記/鳴動編 第一部  作者: 神崎理恵子
第一部
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第十三章・ハンニバル艦隊 Ⅲ

Ⅲ                 


 数日後。

 満を持して、スピルランス艦隊が出撃を開始した。

 一切の補給を受けない、特攻部隊として。

 シャイニング基地やカラカス基地を目にともせずに、一路その背後の共和国同盟奥深くにまで進撃したスピルランス艦隊を、誰もが見落とすことになった。

 それがスティールの思惑だった。

 共和国同盟に侵攻するには、必ず基地を攻略して補給路を確保してからでなければ、実現不可能なものと考えられていた。誰もがそう考えるだろう。だから補給を無視した作戦など思いもしない。

 そこに落とし穴があったわけである。

 スティールの作戦は術中に入り、何の抵抗もなく共和国同盟の奥深くに侵入できたのである。

 こんなところまでに敵艦隊が進撃してくることなどあり得ないから、守備艦隊などいるはずもなかった。スピルランス艦隊は易々と、周辺惑星を攻略していった。

 共和国への侵攻ではなく、あくまでもアレックスをカラカスから引き離す陽動であるから真っ向から同盟艦隊と一戦交える必要もない。迎撃艦隊が弱いと見れば撃破し、強いと見れば逃げ回れば良いのだ。そして手薄な惑星を攻略して物資を簒奪する。


 共和国同盟の只中に出現した連邦軍に人々は震撼した。

 急遽迎撃艦隊が差し向けられたが、生死を分けるような本物の戦闘に参加したこともない、第五軍団の諸艦隊はまるで歯が立たなかった。

「なんだ、赤子を捻るように簡単だな」

 スピルランスが、呆れた表情で言った。

「当然ですよ。ここいらにいるのは、実戦の経験のない艦隊ばかりなんですよ。戦闘の仕方すらまともに知らない」

 

 共和国同盟が差し向ける迎撃艦隊をいとも簡単に撃滅させながらも、周辺惑星に対しては燃料や弾薬、そして水や食料といった物資を簒奪していった。

 攻略作戦が、容易く事が進んでいくうちに、将兵達の間には怠惰な日常から、安寧な態度へと変わっていく。


 それは一つの部隊の将校が引き起こした。

 食料の纂奪のうえに、占領した地域の婦女子に乱暴を働くという事態が発生したのである。

 永年の過去の歴史が示すように、占領住民への暴行は起こるべくして起こったものである。

 その事件が明るみになった時、同じ境遇にある他の将兵の衝動を止めることはもはや不可能となったと言わざるを得ないであろう。食料の搾取に向かった部隊のすべての男達が、食料を奪いとると同時に婦女子への暴行を働きはじめたのである。逃げ惑う婦女子を追い回し、悲鳴を上げるその衣服を引き剥がして事に及んだ。

 もはやそれは指揮統制された軍隊ではなく、欲望に餓えた野獣の軍団に成り果てていた。

 連邦の地を遠く離れて、敵地の奥深くに切り込んでの野戦状態、止める手立てはなかった。



 共和国同盟統合作戦本部では、緊急対策会議が連日で開かれていた。

 自国内に攻め込んできたスピルランス艦隊だが、地球古代ローマ史にちなんでハンニバル艦隊と呼称されていた。

「これ以上、ハンニバル艦隊の簒奪を許しておくわけにはいかない!」

「そうは言っても、第五軍団には奴らには太刀打ちできる者はいません。平穏無事に訓練程度しか行ったことのない連中ばかりなんですから」

「何を考えておるのだ。こういう時にこそ役に立つ、格好の人物がいるじゃないか」

「格好の人物?」

「ランドールだよ」

「ランドール!」

「しかし彼は、カラカス基地にいます。担当区域が違います」

「そもそもハンニバルが侵入してきたのは、第二軍団が油断してその通過を許してしまったからに他ならない。その責任を取らせるためにも、第二軍団のランドールに出てもらう」

「しかし、今ランドールをこちらに向かわせれば、カラカス基地ががら空きになります。敵がそこを狙って奪還に来るのは明白な事実です。ハンニバルは陽動作戦です」

「だからといって、第五軍団に迎撃できる者はいない。そうだろう」

「確かにそうではありますが」

「なあに、ランドールにはハンニバルを撃退したあとで、またカラカス基地を攻略させればいいんだよ」

「そ、そんなこと……」


 また無理難題を押し付けてきたな……。

 ニールセン派の参謀達も、さすがにそれが行き過ぎであることがわかった。

 せっかく苦労して手に入れた基地を見放した上に、それをまた攻略させるなどとは……。

 最悪の結果としてカラカス基地からの侵攻作戦を許してしまうことになる。

 ここは最新鋭戦艦の揃ったニールセン直属の第一艦隊を派遣するのが最善だろう。

 しかし、面と向かって意見具申できるものもいなかった。


 結局、ニールセンの提案通りに可決された。


 サラマンダー艦橋。

 パネルスクリーンに映るトライトン准将と通信を交わしているアレックス。 

「迎撃に向かった艦隊はことごとく撃破されて、すでに五個艦隊を失っている。奴等をこれ以上のさばらせることはできないのだ。そこで君に白羽の矢が立った。君の配下の部隊全軍をもって、これを撃退してもらいたいのだ」

「守備範囲が違いますよ。ハンニバルが暴れているのは、第五軍団の担当区域です」

「判っている。だが、やつに対抗できるのは、これまでにも数多くの敵艦隊を撃退した実績を持つ君しかいないのだ。最前線を受け持つ我々第二軍団と違って、第五軍団は内地にあって戦闘の経験がないに等しいからな、ハンニバル艦隊にとっては赤子の手を捻るようなものなのだ。食料を纂奪されるのはまだいい。しかし婦女子がこれ以上暴行されるのを黙って手をこまねいて見ているわけにはいかんのだ。是が非でも食い止めねばならない」

「ハンニバル撃退の任に付くのは構いませんが、カラカスを空にしてもよろしいのですか。我々が出撃した後を代わって守れる余剰戦力は第二軍団にはないはず。かといって、第一軍団からは出してくれないのでしょう?」

「そういうことだな……」

「敵もそれを狙っているのは確実です。ハンニバルに関わっている間に奪取されるのは目にみえています。ハンニバルの真の目的がそこにあるのではないかと、私は考えています。カラカスから我々を引き離すために」

「それは十分考えられることだ。しかし足元を切り崩されるのも防がねばならないのだ。早い話しがだ、君にハンニバルを撃退させて、その後でカラカスを再び攻略させるということなのだよ。それが統帥本部の作戦というか……」

「チャールズ・ニールセン中将の考えですか」

「ま、そのな……とにかく統帥本部の決定は変えられない、君は四十八時間以内に部隊を率いて出撃したまえ」

「わかりました」

「それと……。いかに君とて、ハンニバル艦隊が相手では、現有勢力では心細いだろう。シャイニング基地に逗留している第五艦隊の残留兵力二万隻を君の部隊に併合させることにした。使ってやってくれ」

「第五艦隊をですか」

「そうだ。これをもって第五艦隊は正式に解体されることになった。敗残の兵となり意気消沈している彼らも、英雄と湛えられる君の配下に入れば心機一転の好機となりうる。また、それを成さしめるのが、君に課せられた課題というわけだ。私がハンニバル撃退を引き受けたのも、旧第五艦隊の将兵達の命運を君に託したかったのだ」

 第五艦隊の司令官としてそのままアレックスが引き継がないかという疑問が残るだろうが、正規の艦隊を指揮するのは准将という厳守規定があり、大佐である限りそれは許されないことであった。独立遊撃艦隊という正規ではない艦隊だからこそ可能であったのだ。

「私にできるとお思いですか」

「できなければ、君もそれまでの武人でしかないといういうことだ。いくら英雄と湛えられていようともな」

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