第二章・士官学校 I
I
アレックスが無敵艦隊とまで言われた第一空母機動艦隊を退けて、トリスタニア共和国同盟始まって以来の大戦果を挙げたことは、翌日のニュースのトップで大々的に報じられることとなった。
旗艦空母四隻を撃沈。五人の提督を葬る。同盟の英雄。
議会は、勲章を授与することを決定した。
各新聞、TVは連日で報道を続けていた。
主力空母四隻を含む連邦軍の艦隊の主要艦艇を多数撃沈させ、ナグモ中将以下多くの司令官クラスの将軍を葬った功績にたいして、共和国同盟は少佐への三階級特進と第十七艦隊所属特別遊撃部隊の司令官に任じた。本来なら大佐クラスの評価に値する功績点を挙げたのであるが、少尉がいきなり大佐に昇進するにはあまりにも無理があるため、とりあえずは一個部隊を指揮できる少佐の階級にとどめ、艦隊運用の実務を経験させながら一年期末ごとに自動的に昇進させることとなった。
これらの決定は、異例のスピードで行われたが、同盟の英雄を称えることで、敗走を続ける同盟軍の将兵達や国民の士気を高めるためのものであった。
一方、アレックスの出身校である士官学校スベリニアン校舎では、連日ひっきりなしに報道取材の記者が訪れていた。アレックスのことを調べようにも士官学校でたばかりで、他に行くところもなく卒業校のスベリニアンを取材するしかなかったのである。
記者達が右往左往する中、生徒会役員のパトリシア・ウィンザーと、彼女をお姉さまと慕う一年下のフランソワ・クレールは、五階にある生徒会室の窓から下界の騒々しさを遠巻きに覗いていた。
パトリシア・ウィンザーは、蒼い瞳と肩甲骨の下あたりまである金髪を有していた。前髪を眉のあたりで切りそろえ、耳にかかる髪をピンク色のリボンで軽く後ろで束ねて垂らしていた。身長百七十二センチ、バスト八十八、ウェスト六十二センチ、ヒップ九十二センチという魅力的な理想的に近いプロポーションをしていた。
そのサイズを知っている人物が二人いる。隣にいるフランソワと、婚約者であるアレックス・ランドールの二人である。
「お姉さま、聞きましたか。学校側はアレックス先輩を特別表彰することに決定したそうですよ」
フランソワはパトリシアの一年後輩である。女子寮で同室になったのが縁で、お姉さまと呼ぶほどになついている。身長百六十五センチ、バスト八十五センチ、ウェスト六十一センチ、ヒップ八十八センチと、パトリシアより少し小さい。ウェーブのかかった肩までの髪をパトリシアとお揃いのリボンでまとめている。
「らしいわね。在校中は厄介者扱いしていたのにね」
「遅刻常習だし、無断欠課はするし、体育教練はさぼるし、それにお姉さまには手を出すし」
「これこれ、最後は余計じゃなくて」
「だってえ」
「とにかくわたし達は婚約しているんですからね。わかってるでしょ」
「わかっているから、くやしいんだもの。こんな素敵なお姉さまを横取りしたから」
「でも助かったわ」
「何がですか」
「学校側が、わたしとアレックスのことを秘密にしておいてくれたから」
「お姉さまは優秀ですもの。学校がその脚を引っ張るようなことしないですよ。とはいっても、TV局のことですもの、根掘り葉掘りいずれ探りだすんじゃないでしょうか」
「そうね……」
「でも、正式に婚約しているのですから、知られたって構わないでしょう」
数日後の士官学校。
その日の報道陣の多さは最高だった。TVカメラが至る所にずらりと立ち並び、取材の記者達の数は生徒数をはるかに越えていたと言っても過言ではないほどの盛況であった。今日は、アレックスの特別表彰の日だったのである。それを実況放映しようとするTV報道陣が殺到していたのである。英雄の表情を捉える最高の状況設定であるからだ。
やがて士官学校スベリニアン校舎の上空を一機の上級士官用舟艇が護衛のジェット戦闘ヘリ二機を伴って飛来した。一斉にTVカメラが空に向けられ、キャスターの声が騒がしくなる。
「来た、来たわよ」
教室中は騒然となった。
「聞いた? アレックス先輩、少佐に任官されたそうよ」
「それで上級士官用舟艇に乗ってきたのね」
「配属希望。アレックス先輩のいる部隊に決めたわ」
生徒達は口々に噂話しに夢中になっていた。
「全校生徒は講堂へ集合してください」
館内放送が鳴った。
校舎のあちらこちらから生徒がぞろぞろと出てきて、教官とともに次々に講堂に入館していく。
一方、生徒会役員であるパトリシアとフランソワは校庭の隅にあるヘリポートで、花束を小脇に抱えて歓迎の用意をしていた。婚約者ということで別の人物にしたほうがいいのではないかとの指摘もあったが、生徒達がその事実を知っているものも少ないだろうということで、交替はなしとなった。
「お姉さま。少佐ということは、どこかの部隊の司令官になるんでしょ」
「第十七艦隊所属の特別遊撃部隊だそうよ」
「そうかあ。じゃあ、あたしが卒業したら配属希望先を、特別遊撃部隊にしようっと」
上級士官用舟艇がゆっくりと下降をはじめ、士官学校の校庭に着陸した。昇降口が開いてタラップが降ろされ、白色の儀礼用の軍服を着込んだアレックスが姿を見せた。続いて大尉となったばかりのゴードン・オニールの姿もあり、彼も同校出身ということで同じく呼ばれていたのだ。カメラのフラッシュのまばゆい光が至る所で光っている。
全校を代表して席次首席のパトリシアが前に進み出て歓迎の花束を贈呈した。
「ようこそいらっしゃいました」
「これはどうも」
二人とも内心、笑いで吹き出しそうなのをこらえながらも、平然の表情を装って淡々と花束を受け渡ししていた。フランソワはゴードンに花束を手渡していた。
講堂内。
ここにも沢山の報道陣やTVカメラが待ち構えていた。
緊張する全校生徒達が見守る中、アレックスとゴードンが入館してくる。
「気をつけ! 敬礼!」
生徒全員がアレックスに対して敬礼で迎えた。
アレックスは立ち止まって軽く敬礼を返し、講堂の壇上への階段を昇りはじめた。
壇上中央やや右寄りに配置された椅子に、係りの者に案内されて腰掛ける二人。
「これよりアレックス・ランドール少佐とゴードン・オニール大尉の特別表彰をはじめます。まずは校長よりお話しがあります。校長どうぞ」
反対側の席より、指名された当校校長が立ち上がった。
壇上に立ち、こほんと咳払いをした後に、説教を始める校長。
「諸君もすでに承知かと思うが、こちらにお招きしたお二人は、我が校を去年優秀な成績で卒業したばかりの……」
「よく言うぜ。在校中は厄介者扱いしていたくせにな」
講堂内のあちこちから笑いが沸き起こる。
パトリシアは、一年前のアレックスとの出会いを思い起こしていた。