第一章・索敵 V
V
ナグモの艦隊が奇襲を受けているころ、同盟軍第十七艦隊にとりついている連邦の艦載機群は、一旦後方に退いて第二次攻撃の体制に入っていた。
そのさらに後方の安全圏に待機する小型高速艇。艦載機群の指揮艦には、航空参謀のミノル・ゲンダ中佐が坐乗していた。
「中佐、大変です。我が本隊が敵の空襲を受けています」
「なんだと」
ゲンダはまさかの報告に、我が耳を疑った。
「アカギ、カガ、ソウリュウ、ヒリュウ他多数の艦艇が撃沈されたもよう」
「アカギが撃沈!? 長官は?」
「どうやら難を逃れて、ナガラに移乗なされたもようです」
「そうか……」
長官が無事と聞かされて一安心とはいえ、事態は急転直下にあった。
もしかしたら、別働隊に発見され奇襲の受けたのか。別働隊の存在など報告にはないが、実際主力空母が撃沈されたことは否めない。果たしてこのまま、作戦を続行すべきか?
瞬時に判断はためらわれたが、次の報告がゲンダを動かした。
「敵艦隊の打電を傍受しました」
「なんだ」
「『これより反転して反復攻撃を行う』です」
「これ以上、艦艇を損失してはいかん。一刻も早く戻らねば。全編隊に伝達、撤退して本隊の援護に向かう」
「了解しました」
トライトンの旗艦リュンクスでは、敵編隊が退却していくのを確認し、全員小躍りしながら喜んでいた。
「助かったな。全滅は免れたようだ」
「司令。今のうちに前面の艦隊を叩きましょう。数ではこちらが勝っていますし、敵艦載機もいない」
「よし、反撃に転じるぞ。艦載機発進。全砲門、前面の艦隊に集中砲火を浴びせろ」
ようやく艦載機の発進命令が下され、待機していた艦載機は勇躍宇宙空間に踊り出て、敵艦隊へまっしぐらに突進をはじめた。まるでそれまでの鬱憤をはらすかのような、猛攻撃を敵艦隊に浴びせはじめた。
前面の艦隊は自身の艦載機の護衛に守られていたとはいえ、同盟軍の圧倒的多数の艦載機群の到来には太刀打ちできなかった。やがて身ぐるみはがされて無防備をさらすことになった敵艦隊はたまらず退却を始めたのであった。
「敵艦隊、撤退をはじめました」
フランクはスクリーンを指差しながら叫んだ時、一斉に艦橋の士官達は歓声をあげた。それがあまりにも騒がしくて、フランク自身がそれを鎮圧するはめになった。興奮がおさまるのを待つようにトライトンは言った。
「深追いの必要はないぞ。みな、よくやってくれた」
「一体何があったというのでしょうか。完全に敵は勝っていたというのに」
「わからんが……おい。もう一度ランドール少尉の通信内容を」
戦闘がはじまって小一時間ほどして通信士が傍受したアレックスからの打電された通信が気になっていたからだ。
通信士は艦の戦闘記録から該当の通信内容を再生してみせた。
『これより、敵空母艦隊に奇襲攻撃を敢行する』
『これより、反転して反復攻撃を行う』
どちらも間違いなくアレックスの編隊からの打電であることを通信士は確認していた。しかも後の文はまるで敵に傍受させるのが目的のように、第一宇宙国際通信波帯を使用していた。それは救難信号や降伏勧告・受諾用の通信波帯として統一使用されているものである。
「うーむ。敵の撤退とこの通信の内容から考えられることは」
「まさか……たった十数隻で……」
時間を遡ること一時間前、ヨークタウン上ではフレージャー提督が、ナグモの編隊が急に退却をはじめるを目の当たりにして、怒りをあらわにしながら全艦に撤退命令を下しているところだった。もちろんそれを進言したのはスティールであった。
今回の作戦は、ナグモ達が制空権を確保しながら攻撃を加え、フレージャー達が艦砲射撃によってとどめを刺す計画であった。そのナグモ達なしには作戦は継続できない。戦艦の数では敵の方が勝っているのだから。
「なぜだ。第二波の攻撃を開始すれば、敵を完全に撃破できただろうに」
「助っ人に全面的に頼る作戦にはやはり無理があるのでしょう。自分達の都合だけで作戦を放棄して退却されたのではたまりませんよ。下手すりゃ、こっちにが全滅していたかも知れません。すみやかな撤退はやむを得ない決断、さすが提督です」
「負け戦を誉められても少しもおもしろくないぞ」
「しかし被害を最低限に食い止めたのですし、敵本隊にかなりの損害を与えたということで、ここはよしとしなければ」
その頃、ヒリュウが撃沈するを見届けて撤退の道を選んだ第一航宙艦隊、その首席参謀タモツ・オオイシ中佐は、退艦時に怪我を負って入院した参謀長リュウノスケ・クサカ少将のベッドを訪れることにした。
「我々は責任をとって自決すべきではないでしょうか。これは幕僚一同一致した意見として、参謀長どのから長官に善処を勧告されたく、ご同意願いたくて参上いたしました」
オオイシは参謀長が同意するのではないかと意見具申したのであるが、意外にもクサカの口から出たのは叱責の言葉であった。
「今は自決など考える時期ではない。第一航宙艦隊の任務は、生き永らえて戦い、きたるべき戦闘に勝利することである」
果たせるかなそれは、第二航宙艦隊司令のヤマグチ少将が残した言葉に相違なかった。
しかしオオイシが不服げな言葉を漏らすと、
「馬鹿野郎!」
と怒鳴って一喝した。
オオイシが退出したあと、クサカはベッドを降りて、従卒に抱えられながらも幕僚連中の集まっている所へいき、自決を思いとどまるように諭した後に、ナグモ長官の居室へ向かった。
ナグモはナガラの艦長室をあてがわれ、一人きりでいた。
クサカの入室に気がついたナグモは微かに笑ってはいたものの、異様な眼光に輝いていた。
「長官は死ぬ気だな」
クサカは直感した。
そして幕僚達との一件を包み隠さず報告すると、自分は死して責任を取ることよりも、敗戦の恥じを堪え忍びつつも、将来のために生きつづけるほうがより勇気ある行動ではないかと思う、とナグモに言い聞かせた。
「そうは思いませんか、長官」
「わかった。万事君にまかせる」
ナグモは喉を詰まらせながらも説得をつづけるクサカに、涙を両目にためながら静かにうなずいたのであった。
アレックスが旗艦に帰投すると、トライトン准将自ら出迎えに来ていた。
「ただいま、もどりました」
「ご苦労だった。君の口から直接報告を聞きたいところだが、見たところ相当疲れているようだな。報告書を提出して、とりあえずはゆっくり休みたまえ」
「はっ、では。お言葉に甘えまして」
アレックスは敬礼をして自室に戻った。ベッドに入るとそのまま死んだように眠ってしまった。過度の緊張から解放されて……。
戦闘中は、極度の緊張から眠気を催す暇もないが、その呪縛から解放された時、それまでの疲れが怒濤のように押し寄せてきたのである。
トライトン准将の元には、アレックスの戦闘日誌と彼の乗艦していた艦に搭載されているコンピューターの戦闘記録が解読されて報告された。その内容とアレックス自らの戦闘日誌とが照合されて、敵艦隊にたいする戦果が判明することとなった。
アカギ・ヒリュウ・ソウリュウ・カガの主戦級主力空母を撃沈、重巡モガミ・ミスミ沈没、その他多くの艦船に被害を与える。
「大戦果じゃないか」
報告を聞いたトライトン准将は小躍りしそうになった。まさか索敵に出した十数隻の艦隊だけで、これだけの戦果をあげようなどとは誰が想像できただろうか。
「敵が撤退をしたのもうなづけますね」
「そうだな……」
「敵艦隊はミッドウェイ宙域より完全に撤退したもようです」
「主力旗艦空母四隻を失ったんだ。おそらく多くの司令官も失っていることだろう。撤退も止むをえんだろうさ。これで連邦の同盟侵攻も半年から一年は延びることになるだろう」
第一章 了