第一章・索敵 Ⅱ
Ⅱ
そのころ、フランク中佐の配下にあった士官学校出たてのアレックス・ランドール少尉は、索敵のために出撃中で、丁度敵艦載機群の飛来した方向の宙域でその配下の一個小隊を展開させていた。
アレックスの乗る指揮艦「ヘルハウンド」の艦橋では、各種オペレーターが忙しく機器を操作し、それぞれの任務をてきぱきとこなしていた。それらの中には男性の姿は一人も見受けられない。
アレックスは、士官学校同期卒業生の中から、ヘルハウンド艦長のスザンナ・ベンソン准尉を筆頭に、特に優秀な女性士官のみを選出して自分の乗艦する艦橋オペレーターとして配属させたのである。
艦内には、エンジンや艤装兵器などから伝わって来る重低音が、常時うなるように響いており、その中では女性士官の甲高い黄色い声は、明瞭にはっきりと聞き取れるという利点も考慮されているのである。
艦内スピーカーから、索敵機よりの報告が随時流されている。
「こちら、ガーゴイル七号機。サラマンダー応答せよ」
それに対して、女性管制オペレーターが応対する。
「こちら、サラマンダー。ガーゴイル七号機、どうぞ」
「索敵飛行コースの終端に到着。レーダーに敵艦隊の反応なし。これより帰投する」
「サラマンダー、了解」
一人の女性士官がすくっと立ち上がって、アレックスの前に立った。索敵編隊の指揮官であるアレックスの乗艦「ヘルハウンド」の艦長、スザンナ・ベンソン准尉である。
「索敵機第一班、予定目標ポイントの索敵完了。全機帰投コースに入りました」
「うむ。ご苦労」
なおサラマンダーとは、指揮艦「ヘルハウンド」の暗号名である。
「索敵ポイントを変えますか」
スザンナが次の指示を確認する。
「そうだな。艦長、第十四区域へ移動する」
「了解。第十四区域に移動します。面舵三十度、機関出力三十パーセント、微速前進」
「索敵機第二班に出撃準備させておけ」
「はっ。かしこまりました」
その時、オペレーターの一人が金切り声をあげた。
「隊長! 本隊が敵の奇襲を受けております!」
「なに……敵の勢力分析図は出るか」
その声は、自分の所属する本隊が奇襲をうけているというのにもかかわらず、非常に落ち着いていた。
身長百八十センチ足らず、体重八十キロという平均的容姿はともかく、その深緑に澄んだ瞳と褐色を帯びた髪は、同盟軍の中では異彩を放っていた。それは彼が孤児であり、銀河帝国からの流浪者の子供であろうとのもっぱらの噂であった。
「ただいま受信中です。まもなくスクリーンに出ます」
数秒して前方パネルスクリーンに本隊と敵勢力の分布図が映しだされた。刻々と移り変わる光点が示す本隊のデータは、宇宙空間を隔てて瞬時に伝わってくる。そこには敵の圧倒的優勢状態を現すデータが表示されていた。
スクリーンを凝視するアレックス。
「戦艦、巡洋艦と艦載機の大編隊か……これだけの編隊が数隻やそこらの空母から飛来したとは思えない。おそらく連邦の第一機動艦隊が近くに潜んでいるのだろう」
「第一機動艦隊というとナグモ中将率いるあの無敵艦隊ですか」
小隊の副隊長を務めている同僚のゴードン・オニール少尉が発言した。
くしくも准将と中佐と同じ会話となったことは偶然でもないだろう。それだけナグモ艦隊の存在とその動勢は、第十七艦隊の日常としての関心事であるからだ。
ゴードンはアレックスとは士官学校からの親友であった。蒼瞳で金髪という平均的な同盟軍カラーを所持していた。身長百九十センチ、体重九十二キロという体躯からは想像できないほどのずば抜けた反射神経を持っていた。アレックスと同様に戦術用兵士官とはいえ、戦艦を操艦できる腕前を持っていた。
「そうだ……ゴードン、君ならどこから攻撃をしかける?」
「そうですね。敵の出現点と航続距離から推測すれば、このあたりですかね」
と操作盤を操作してパネル上に予想地点を表示してみせた。
「丁度我々の捜査範囲内ですね」
「ふむ……早速索敵機を飛ばしてみてくれ。指揮はまかせる」
「了解。索敵の指揮をとります」
ゴードンは、艦橋を出てフライトデッキの方へ走っていった。
「少尉殿、よろしいでしょうか」
艦長のスザンナ・ベンソン准尉が質問した。
「うむ」
「このまま索敵を続けていてよろしいのでしょうか?」
「どういうことかな」
「本隊は攻撃を受けているのですよ。一刻もはやく帰還して援護にまわるべきではないでしょうか」
「帰還命令は出ておるか?」
「いえ、出ておりません」
「ならばこのまま索敵を続行するまでだ」
「ですがたとえ敵を発見したところで、本隊が全滅していたら」
「だからといって、今更戻ったところでどうなるというのだ。たかが十数隻の小隊が戻ったところで、体勢に影響はあるまい」
「それはそうですが……」
「いいかい。我々がなさねばならないことは、敵の情報をより正確に収集し把握して、味方に伝えることなのだ。仮に本隊が全滅しても、索敵で得た情報と本隊の戦闘記録を持って無事帰還することなのだよ。それによって、後に続くものの糧となりうる。わかるかい、スザンナ」
「わかりました」
スザンナ・ベンソン准尉。この女性艦長は、士官学校スベリニアン校舎時代の同窓生である。アレックスとゴードンが特待進級卒業の栄冠を得たために、通常卒業の彼女とは一階級の差が出来ていた。