第四章・情報参謀レイチェル Ⅶ
Ⅶ
翌日、アレックスが起きて満員でごったがえすような食堂にいくと、レイチェルは同室のジェシカや同僚の女性士官達とグループで集まって楽しそうに談笑していた。
「あ、司令。ここが空いてますよ」
と士官学校同窓のジェシカが、手を振ってアレックスを呼び寄せて、レイチェルの隣を指し示した。
「今、パトリシアのこと話していたんですよ」
「パトリシア?」
といいながら席に腰を降ろした。レイチェルを横目でちらりと見ると、彼女は微笑みながらこちらを見つめている。
「はい。彼女、士官学校を首席で卒業したそうです」
パトリシアはジェシカと寄宿舎を同一にした後輩である。だから直接パトリシアから連絡が届いても不思議ではない。
「ふーん。首席か……、やはりというところだね」
卒業のことは知っているが、首席ということは聞かされていなかった。遠慮してのことだろうが、普段から首席を通していたので納得する。
「よかったですね」
「何が、よいんだ」
「だって、首席ということは、部隊配属希望が一番乗りで選ばれるわけですよね」
「そりゃ、そうだが」
「パトリシアは、もちろんここへの配属を希望したそうです。当然、首席だから希望通りここへ来れるはずです。また一緒に生活できるじゃないですか」
「なにいってるんだ」
「だめ、だめ。あなたとパトリシアのことはばれているんですから。模擬戦の後、二人で旅行に出たこともみんな知っていますよ。夫婦として一緒に生活してるくせに」
「ちぇっ。ジェシカにかかったら、形無しだな」
彼女達はアレックスを魚にするように笑った。レイチェルも屈託なく彼女達と一緒に笑っている。
その時艦内放送が鳴った。
『遅番の食事交替まで後十分です』
「あら、もうそんな時間なの。じゃあ、レイチェル、また後でね」
といって彼女達は、遅番と食事交替するためにそれぞれの部署へと戻っていった。
レイチェルは、アレックスの副官なので早番・遅番の交替勤務というものはなく、規定の時間内に済ませればよいので、そのまま残って食事を続けることができた。
「ところでいい情報を、つかみましたわ」
レイチェルが口を開いた。昨夜のことはまるで意識にないといった表情であった。こういうことは意外と女性の方が、覚めているのかもしれないし、アレックスにしてもそうであってくれたほうがありがたい。いつまでも糸を引くような関係では後々に問題を残すだろう。アレックスにはパトリシアがいるし、レイチェルもそのことをよく理解してくれているのであろう。
「いい情報?」
レイチェルは特務科情報処理課に勤務する情報将校である。
「ええ、試作のハイドライド型高速戦艦改造Ⅱ式が廃艦になるそうです」
「例のあの高速戦艦が?」
「はい。ここに改造Ⅱ式の仕様書をお持ちしました」
「どれ、拝見させてくれ……」
「どうぞ」
手渡された仕様書を読み終えて、アレックスは腕組みしながらしばらく考えていたが、やがて目を輝かせて言った。
「レイチェル、この高速戦艦を何とか僕の部隊に持ってくることは出来ないだろうか」
「出来ないことはないでしょうけど……難しいと思いますよ。廃艦が決定しているのですから」
「何としてでも欲しい。申請書を出してくれないか」
「わかりました。なんとか、努力してみます」
「よろしく、たのむ」
技術部開発設計課を訪れたアレックスは、親友であるフリード・ケイスンに面接した。
「よお、久しぶりだな。司令官になったそうだね、おめでとう」
「ありがとう」
「で、司令官殿が開発設計課に何用かな」
「君に特殊ミサイルの設計をやってもらいたくてね」
「特殊ミサイル?」
「ここに概要の資料を持ってきている」
といって、手書きの簡単な設計図と仕様説明書、そして特殊ミサイルを使用する作戦企画書を手渡した。フリードは企画書に目を通して驚いたように尋ねた。
「おいおい。本気でこの作戦を実行するつもりか?」
「もちろん」
「だが、この作戦目標だが……その強大なる防衛力から、攻略には少なくとも三個艦隊以上の兵力が必要だと言われている。今までにも、准将や少将クラスの提督が何度か攻略を試みて、散々の体で逃げかえっているのだぞ。君は諸提督から煙たがれて独立艦隊に追いやられている身じゃないか。この目標に対する任務を与えられるには、君自信が提督のクラスに昇進しない限り無理だろう。少佐になったばかりの君が作戦を立てるのは時期相応ではないのか」
「確かにそうかも知れない。しかし、今から作戦の準備をしておいてもいいんじゃないかな。たとえそれを実行するのが十年先の話しであったとしてもね」
「まったく君は気が速すぎるな」
「用意周到と言ってほしいね」
「まあいい、要件は飲んだ。で、見返りは頂けるのかな」
「パトリシアをくれ、という要求以外なら考慮しよう」
「誰が人妻なんかいるもんか」
「あ、それから……君は、第十七艦隊独立遊撃部隊の技術要員として転属が決定したから……そこんとこ、よろしくな」
「なんだとお! ちょっと、待て」
「辞令は、たぶん明日あたり届くと思う」
「何てことしてくれたんだよ。俺が無重力アレルギーなのを知ってんだろが。だから艦隊勤務にならない技術部開発設計課を選んだんだ」
「おまえのは、ただの宇宙船酔いだろ。大丈夫だ、旗艦サラマンダーには重力居住ブロックがあるから、船酔い程度なら軽減できるさ」
「しかし、なんで俺がおまえと同行しなければならないんだ。ミサイルの開発設計なら地上でできるじゃないか」
「そうもいかない。特殊ミサイルを実際に使用する前に、数度の演習が必要だしその度に改良を重ねて万全を期したい。つまり改良設計のために君が必要というわけさ」
「こうなりゃ、見返りをたっぷりもらわんといかんな」
「それにだ……君の持っている次元誘導ミサイルの開発援助をしてもいい」
「次元誘導ミサイル?」
「確か、ミサイル一発の開発生産に戦艦三十隻相当分の予算がかかるんだったよな」
「あ、ああ……極超短距離のワープ誘導システムがね……」
「そうだろうな。一飛び一光年飛べる戦艦で、目の前一メートル先にワープするに等しいことをするんだからな」
「まあね。ミサイル一発作るより、実物戦艦三十隻のほうが実益があるとかで、どこからも製作依頼がこない」
「そりゃそうだろう。戦艦なら撃沈されない限り何度でも戦闘に参加できる。たった一発限りの消耗品に戦艦三十隻分の予算をつぎ込むことなど、具の骨頂というものだ」
「だが、作戦次第では、絶対に三十隻以上の働きをできるはずなのだ」
「たとえば?」
「あの強大堅固なタルシエン要塞を内部から簡単に破壊できる。反物質転換炉ないしは貯蔵システムにぶち込んでやれば、一発で木っ端微塵にできる。でなくても動力炉、メイン中枢コンピューター、中央管制センターなどの主要部分を攻撃すれば、数発のミサイルで機能停止して簡単に落ちる」
「それは無理だな。同盟軍中枢部は要塞を破壊するのではなくて、攻略して手に入れることを考えているから、主要部分への攻撃は許されていない」
翌日。
「ベンソン課長……」
「おお、ケイスン。転属の挨拶か」
「はい。しかし……ベンソン課長。私の転属をよくお認めになられましたね。今開発中の機動戦艦の設計中で一人でも多くの人手が欲しいはずなのに」
「ああ……その機動戦艦なんだが……。実は、ランドール少佐の部隊に配属が決まっているのだ」
「ちょっと待ってください。機動戦艦は宇宙戦艦じゃありませんよ。大気圏内防衛専用の空中戦艦です。アレックス、いえランドール少佐には必要ないと思いますけど。何せ彼は最前線ですから」
「わしにもわからんが、わしの機動戦艦の仕様を読んだランドールがぜひ自分の部隊に配属させたいと上層部に申請して受理されたんだ。何せ、開発は始まってはいたが、配属先が決まらず宙に浮いたままだったからな。すんなり決まってしまった」
「しかし、なんで空中戦艦なんか……」
「輸送艦に積んで占領地の掃討作戦にでも使用するつもりかもな」
「無理ですよ。こんな巨大な機動戦艦を積んで大気圏突破できる輸送艦なんてありません」
「そういわれればそうだな。ともかく。わしとしては、配属先が決定して喜んでいる。だから君の転属依頼があった時でも、断り切れなくてね。ま、君の担当のメインエンジン部門はほぼ完了しているから」
壁に貼られた機動戦艦の設計概要図を見つめているベンソン。
「それから君には、少佐が旗艦として乗艦するハイドライド型高速戦艦改造Ⅱ式のエンジンの改良を手掛けてもらうそうだ」
「ハイドライド型高速戦艦改造Ⅱ式……? それって廃艦に決定したんじゃ……」
「いや、こいつも少佐の部隊に配属されたそうだ」
「一体何を考えているんだ。アレックスは……」
「ああ、それから。旗艦サラマンダーに乗艦したら、娘のスザンナに渡してもらい
たいものがあるのだが、頼んでもいいかな」
「サラマンダー?」
「知らなかったのか。ハイドライド型高速戦艦改造Ⅱ式のうちの一隻がサラマンダーと命名されて、ランドール君の旗艦に決まったのだよ。その旗艦の艦長になったのが、スザンナというわけさ」
「そうでしたか。しかし、旗艦の艦長とは素晴らしいじゃないですか」
「まあな。娘はミッドウェイ宙域会戦はもちろんのこと、士官学校での模擬戦闘大会当時から、ずっとランドール君の乗艦の艦長やってるんじゃよ。絶大なる信頼関係というところかな」
第四章 了




