第四章・情報参謀レイチェル Ⅵ
Ⅵ
数日後。
アレックスは本格的に部隊の再編成に大車輪で取り組みはじめた。情報処理が専門のレイチェルという優秀な副官を得て、仕事は順調かつスピーディーにはかどっていた。
そんな女性士官の軍服を着込んでアレックスの副官としてかいがいしく働くレイチェルの姿を横目でちらちらと眺めながらも、その美しい容姿に思わず変な気分にならざるを得ない自分自身を異常かなと思ったりもした。タイトスカートの裾からのぞく白くて細い足に思わずどきりとすることが、何度あることか。
「紅茶はいかがですか?」
「ああ、頼む」
レイチェルはアレックスから依頼される仕事をてきぱきとこなしながらも、個人的なアレックスの身の回りのせわもしてくれていた。司令官として与えられたアレックスの個室の掃除や、衣類の洗濯といったこまごまなことも率先してやってくれていた。女性特有のこまやかな心配りを忘れない、副官として有能な人物であった。
アレックスは彼女をその他の女性士官達と区別することなく扱った。女子更衣室や浴室、トイレの使用まですべてに渡ってである。無論女性士官達は彼女が性転換者であることも知らずに、仕事を共にしていることになるのだが。実際彼女と同室になったジェシカ・フランドル少尉などは、時々衣類などの取り替えっこをするくらいの大の仲良しになるほどで、それほど完璧に女性になりきっていたのである。いや、なりきっていたという表現は彼女にたいして失礼であろう。アレックスとレイチェル本人にとっては、女性そのものに相違なかったのである。第一、軍籍上は女性として登録されている以上、そうするよりになかったのではあるが。
ある日、アレックスはレイチェルが副官としてよく尽くしてくれるので、その労をねぎらう意味で、二人とも非番となる明日にデートへ誘うことにした。ジュビロとの面談の後にデートらしきものはしたが、正式なデートはまだであった。
「え? あたしとですか」
「うん。どうかな」
実は誘いの言葉をかけたものの、冷や汗ものであったのだ。形成手術を施して身体は女性として生まれ変わり、言葉使いや態度は完全に成りきっているものの、心の中までは覗くことはできない。精神的にも男性を受け入れることのできる真の女性であるかどうかがわからなかったからだ。一部の性転換者の中には、男でいるのがいやだからとか、女性の素敵なドレスを自由に着てみたいからとか、そういった理由で手術を受ける者もいると聞く。当然異性としての男性には全く興味を持たない、自分本意だけの完全な女性になりきっていない者もいるわけだ。
しかし、レイチェルは、身も心も完璧な女性であった。それはアレックスも幼少の頃から気付いていたことだ。レイチェルは昔から女っぽい性格をしていた通り、異性のアレックスから誘いを受けて、その心情を包み隠さず表情にさらけ出すようにして喜んだ。
「うれしいわ。あなたが誘ってくださるなんて」
「いつもよくやってくれるから、感謝をこめてね」
「じゃあ。ホテルのプールに泳ぎにいきません?」
「プール?」
「ええ。その後はホテルで一緒にディナーをいただくの」
アレックスは、いいのかな……と当惑した。プールに行くとなればもちろん水着になることになる。わざわざ水着になることを希望したということは、自分の身体に自身を持っているということになるわけだ。そんな彼女の水着姿を見たい気もする。
レイチェルが勤務を終えて、女子更衣室で着替えをしていると、ジェシカが話し掛けてきた。
「ねえ、レイチェル。明日非番でしょ。一緒にどこか遊びにいかない?」
「ごめんね。先約があるの」
「え。誰なの、相手は」
「内緒」
「わかったあ。少佐とね、彼も非番だもの」
「想像におまかせするわ」
といってレイチェルは微笑んだ。
「やっぱり、そうなのね。いいなあ……『ただの幼馴染みよ』とか言っておきながら、結局仲良くやってるのね」
「言っときますけど、あたし達は健全な関係ですから。第一少佐には、れっきとした婚約者がいるんですからね」
「それくらいは、あたしも知っているわ。パトリシアよ。あたしの後輩なんだから」
翌日、レイチェルは下着姿で鏡台に座って簡単に化粧を済ませると、白い木綿のドレスを着込んだ。デートだというのに化粧を簡単にしたのはどうせプールにつけば化粧を落とさねばならないし、念入りな化粧はディナーの前に施すつもりだった。そのディナーの時に着るためのドレスもすでに別に用意してある。
今回のデートの場所にあえてホテルのプールを選んだのにはわけがあった。奇麗な身体になった自分自身をアレックスに見て欲しかったのである。ごく自然な場所でとなると、水着になれるプールしかない。
待ち合わせの場所にそろそろ行かなければならない時間になっていた。鏡に自分の身体をもう一度映して、衣類の乱れなどの最後のチェックをしてから、レイチェルは部屋を出た。
女子寮から歩いて五分ほどの所に、小さな公園があった。その入り口近くの噴水のそばのベンチが待ち合わせ場所であった。
約束の時刻丁度にアレックスは、エアカーで迎えに来た。
「さすがにアレックスね。時間厳守だわ」
「その荷物は?」
プールに行くにしては、大きな荷物に疑問を抱いたアレックスが尋ねた。
「水着と、ディナー用のドレスよ」
男性と違って女性は衣装には気を遣うものだ。ホテルで食事となれば、それなりの衣装が必要だ。
「ああ、そうか……じゃあ、行こうか。女子寮の連中に見つからないうちに」
「そうね」
レイチェル自身にしてみれば、別に見つかっても構わないと思っていたが、アレックスには部隊運営にかかわる重大問題事であった。上官と副官との情事なんて取りだたされれば、士気にかかわるし、世間の週刊誌が放っておかないだろう。なによりパトリシアに言い訳がつかない。
アレックスはレイチェルの荷物を抱えると、エアカーの後部座席にしまった。
「じゃあ、行こうか」
「はい」
レイチェルが助手席に乗り込み、アレックスはエアカーを走らせた。
プールサイドに置かれたビーチベッドに横たわっているアレックス。女性の着替えは時間がかかるものであり、先にプールサイドに来てレイチェルのおでましを待つことにした。果たして彼女はどんな水着を来てくるかというのが、アレックスの感心事であった。ワンピースかビキニか。目を閉じレイチェルの水着姿を想像していた。
「お待たせ」
そこへ黒い生地に縁に金ラインの入ったビキニの水着姿でレイチェルは現れた。
はじめて見るレイチェルの水着姿。身体のラインがくっきりと手に取るように見えている。
まさしく完全な女性の肢体が目の前にあった。
何せ自分からプールに行こうと言い出した彼女である。身体のラインには相当の自信があったのだろう。
「きれいだよ」
開口一番、誉め言葉を述べるアレックス。
「どっちが?」
レイチェルが尋ねたのは、きれいなのは水着か、自身の身体のことか、と確認したのである。
「もちろん両方さ」
「ありがとう」
といって隣のビーチベッドに横たわるレイチェル。
数時間後、ホテルのレストランに二人はいた。
ピンク系のドレスを身に纏い、しとやかに料理を口に運ぶ仕草は、まさしく女性のそれであった。
身体的・精神的なものに加えて、立居振舞に関しても完璧な女性であった。




