第四章・情報参謀レイチェル Ⅲ
Ⅲ
基地に戻ったアレックスは早速軍籍コンピューターにアクセスして、レイチェルの素性を確認した。もちろん真っ先に確認したのは、その性別である。
「FEMALEか……本当だ」
ハッカー存在は確かなようであった。
誕生日や出身地といった性別以外の項目には、幼少時代のアレックスにも周知な事実が記されている。間違いなくあの「泣き虫レイチェル」本人であった。
アレックスは、少佐のIDカードを差し込んで、さらに詳細なデータとこれまでの勤務評定を読んでみた。
「ふうん。結構優秀じゃないか」
一通り読みおわって、しばらく考えたあと、アレックスは彼女の配属項目に自分の名前を入力した。すなわち自分の副官として採用することにしたのである。とにかく独立遊撃部隊の再編成に忙しい自分が、現在もっとも欲しいのが自分の仕事を補佐してくれる人物であったからだ。
もちろん副官採用は命令であり、軍人としてレイチェルにはそれを拒否することはできない。
独立遊撃部隊が駐屯する基地からほど遠くないところに女性士官専用の寮がある。
基地に艦隊が駐留している間、女性士官達が寝泊まりする施設である。
女性士官の軍服を着たレイチェルがその門をくぐりぬけた。
施設に入るには受け付けで登録をしなければならない。
「レイチェル・ウィング少尉です。認識番号は……」
受け付けの係官は、そばの軍籍コンピューターに接続された端末に認識番号を打ち込み、ディスプレイに現れた顔写真と本人とを照合した。もちろんその顔写真や性別などの登録情報は、レイチェルがハッカーに依頼して後から書き直したものであるが、受け付けが気付くわけもなく照合はすんなりとパスした。
「確認しました。レイチェル・ウィング少尉、あなたのお部屋は二階の二百五号室です」
「ありがとうございます」
「それから、ランドール少佐からの辞令が届いています」
「辞令?」
「はい。これです」
レイチェルは辞令を受け取ると、二階へあがり自分にあてがわれた部屋を見つけて入った。
荷物を床に置いて、早速辞令を開けて読んでみると、自分をランドール少佐の副官に任命するとあり、明朝午前九時にオフィスに出頭せよとあった。
「あたしが、アレックスの副官か……なんか楽しくなりそうね」
レイチェルは思わず含み笑いを浮かべ、荷物をロッカーにしまい軍服から私服に着替えをはじめた。
スカートを脱いで下着姿になったところで、ドアがノックされた。
「どうぞ」
振り返って返事をすると、片手に荷物を持って女性士官が入ってきた。ここでは全員相部屋になっているので、どうやら同室となる相手なのだろう。
「あなたが同室なの?」
彼女はレイチェルの姿を見て確認した。
「そうみたいですわね。あたしは、レイチェル・ウィングです。今日からよろしくお願いします」
「あたしは、ジェシカ・フランドル。こちらこそ、よろしくね」
彼女も荷物をおいて、レイチェルの目前で着替えをはじめた。もちろんレイチェルの素性など知るはずもなく、女同士とすっかり信じこんでいるからである。レイチェルもまた女性の心を持っているためにジェシカの下着姿には興味を抱くこともなかった。
「ねえ、レイチェル。あなたはどうしてアレックスの部隊に転属を申し出たの?」
「アレックス?」
「ああ、あたしは彼と士官学校が同じでね。恋人同士だった時もあったけど……とにかく、アレックスから直接来てくれないかと連絡があったのよ」
「そうですか……。あたしのほうは、広報をみて応募しましたのよ。英雄なんて呼ばれるお方がどのような人物なのか、何となく興味あるじゃないですか、やっぱりね」
「ふうん……そんなものかな」
その日の夕刻、寮の食堂において自己紹介及びミーティングが行われた。夕食をとりながら一人ずつ氏名と出身校などの自己紹介が進められていく。その後、門限や入浴時間そして服装や化粧などといったこまごまとした寮生活の規律・注意事項の確認が伝達される。
若い女性ばかりが集まっているのだ、寮母の話しなどに真面目に耳を傾けている者は少ない。それぞれてんで勝手に近くの者とわいわいと内輪話しに夢中になっている。レイチェルも、ジェシカらの仲良しグループに混じって、仲良くやっていた。アレックスと同校であるジェシカをはじめとするスベリニアン校出身の女性士官全員が、独立遊撃部隊転属を希望してやってきていたのである。顔見知りの彼女達がすぐに仲良しグループを作るのは当然といえた。
「レイチェル、ちょっとこちらにいらっしゃい」
突然寮母がレイチェルを前に呼び寄せた。
「は、はい」
何事かと皆の視線が集中するなか、レイチェルはゆっくりと前に進み出た。
「改めて紹介しておきます。このレイチェルは、ランドール少佐の副官として任命されました」
「ええ!」
「うそお……?」
という黄色い声が飛び交った。
「というわけで、みなさんの部隊内での配置転換などの希望や、諸々の要望書などの受け付けはこのレイチェルが窓口になります」
「実はあたしも、副官に任命されたなんて今日知らされたばかりなのです。どうしてかしらと、みなさんに変なかんぐりされるのもいやなので白状しますと、少佐とあたしは幼馴染みなのです。きっとその縁であたしを副官に選ばれたのと思います。なにせ一緒にお風呂なんかにも入った中で、少女時代から良く知り合っていましたから。そういうわけで、みなさんお手柔らかにお願いしますね」
そう言って軽くお辞儀をすると微笑んでみせるレイチェルであった。
ジェシカ達のグループに戻ったレイチェルは、早速吊し上げにあうはめに陥った。
「ずるいわよ。少佐とのこと隠しておくなんて」
「別に隠していたわけじゃありませんもの。話す必要がないと思っていましただけよ」
「ね、ねね。少佐とはどこまで進んでいるの?」
「それって男と女の関係で、という意味でしょうか?」
「もちろんに決まっているでしょ」
仲が良いということになると、その親睦度までかんぐりたくなるのが、世の女性達の常であった。AだのCまでいっただのと、きゃーきゃー言いながら憶測で判断し、おひれがついてその噂話しが広まっていく。
「あのですねえ、幼馴染みだからって特別な関係に発展するとは限りませんわよ」
その夜。
部屋に戻って就寝着に着替えたレイチェルとジェシカは、アレックスを肴にして昔話を花咲かせていた。レイチェルはアレックスの幼少の頃を、ジェシカは士官学校の頃のそれぞれの話題を交換していた。
「……というわけでアレックスとパトリシアは夫婦なのよ。まだ子供はいないけど」
「そうでしたの……もういい人がいらっしゃったのですね」
「がっかりした?」
「少しばかりね……。でも、ジェシカさんもお好きだったのでしょう?」
「まあね。しかし親愛なる後輩のためと思って、いさぎよくあきらめたわよ」
「パトリシアさんか……」
「いずれ会うことになるわよ。どうせ士官学校を首席で卒業するでしょうから、間違いなくアレックスの部隊に配属されてくるわ」
「早くお会いしてみたいですわね」
「ところでさあ……」
「なんでしょう」
「あなたが副官になるということは、配属に関してもある程度融通を利かせることができるのよね」
「それってつまり……」
「お願いしちゃおうかなと思ってさ」




