第三章・模擬戦闘 Ⅵ
Ⅵ
「隊長。オニールの隊の自動操舵装置が切られました」
「なに、自動操舵装置がか……」
アレックスはしばらく考え込んでいたが、
「それは、妙案かも知れないな……よし、全艦に指令を出せ。自動操舵装置を解除して、手動操艦にて進行せよ」
「了解」
通信士が全艦に指令を伝達する。傍受される恐れのある電磁波系の通信ではなく、特殊音声伝送信号を利用した通信である。電話回線でデジタル信号を送るとき、アナログ変換器が、ピーガーという音を立てるあの信号に近い。濃密なガスが存在する場所で、かつ艦船が接近している時のみ利用可能な伝送通信である。もちろん通常の宇宙空間では、音波は伝わらないので情報が漏れることはない。
「いいんですか?」
「こういうことは実戦派のゴードンの方が、一枚も二枚も上手だからな。現場においては現場責任者の感や判断がものをいうこともある」
「だからこそ、強襲部隊の指揮を任せたのですね」
「まもなく、ベネット領域を脱出します」
「索敵レーダーに捕捉されませんか」
「大丈夫だ。背後にあるベネット十六の強力な電磁界ノイズによって攪乱されて艦影がかき消されてしまう。奴等がこちらに気がついた時には、制空権はすでにこちらにあるというわけさ。危険を冒してまで、ベネット十六を突破してきたのも索敵レーダーを無力にするためだった」
「全艦、戦闘配備。最大戦速」
アレックスの指令が下った。
艦内に警報が鳴り響き、緊張した空気の中、戦闘配備が完了した。
「航空母艦に連絡。艦載機全機発進、敵基地上空に展開して制空権を確保せよ」
「はい」
航空母艦には航空参謀として、ジェシカ・フランドルが搭乗していた。戦術シミュレーションでは、航空母艦とその航空戦力の絶妙な運用で、常勝のアレックスさえもてこずらせ、容易には勝たせてくれなかった相手であった。
「艦載機を全機発進させてください」
ジェシカが下令すると、三隻の航空母艦から一斉に艦載機が発進して、敵基地上空へむかった。地上発進の戦闘機から艦船を守るために、制空権を確保するのが役目である。
「ここまでくれば、成功間違いなしね」
とつぶやいて、旗艦を見やるジェシカ。
そこには自分の後輩であるパトリシアが搭乗している。かつて同室となり、夜を明かして手取り足取り戦術理論を教えこんだこともある。自分が惚れていたアレックスと電撃婚約をして驚いたが、自分よりも彼女の方がふさわしいと、喜んで身を引き祝福したものだった。今回の作戦にしても、いくら才能豊かなアレックスであっても、それら作戦のすべてを計画書としてまとめ、艦隊編成の書類を提出するなど、デスクワークに関しては、パトリシアがいなければ、今日のこの日は来なかったかもしれない。先輩として誇らしげな気持ちは真実であった。
「ジェシカの艦載機が制空権を確保しました」
パトリシアが、先輩のジェシカから報告を受けて、アレックスに伝えた。
「予定通りだな。ゴードンを呼んでくれ」
パネルスクリーンにゴードンの姿が現れた。
「準備はどうだ」
「万全だ。いつでもいける」
「では、よろしく頼む」
「わかった」
艦隊から突撃強襲艦が抜け出して基地のエネルギーシールドに突入した。
激しい電撃火花を上げながら、次々とシールドを突破していく。
一方、アレックスの敵であるジャストール校の指揮官ミリオン・アーティスは、一向に索敵による敵発見の報告がないのにいらだっていた。
「まだ、見つからないのか」
「はい。いまだ発見できません」
「通信班。敵の交信は傍受できないのか」
「は、今のところは何も入ってきません。敵は完全に沈黙状態を保っているもようです」
「敵指揮官は、何を考えているのか」
「さあ……指揮官は、アレックス・ランドールですが」
「ランドールか、一体どんな奴なんだろう」
ミリオンは、敵指揮官であるアレックスの素性を一切調べることはしなかった。自分の作戦によほどの自信を持っていたからである。戦術シュミレーションでは連戦連勝、他校との交流試合でも負けたことはなかった。
アレックスがミリオン達との接触を避けて迂回しながらも敵基地に全速力で向かったのに対し、ミリオンは艦隊戦のために索敵行動を取りつつ進行していた。そのために艦隊の行き足が大幅に遅れていた。いまだ両基地の中間に位置するあたりを、アレックス達を探しまわってどこ行くあてなく移動していた。彼の得意とするのが、正面決戦による正攻法であったからである。しかし、相手が出てこなければ本領を発揮することもできなかった。
「おい、聞いたか?」
「ああ、本当かな」
通信士がひそひそ話ししている。
「おい。私語を謹め、今は戦闘中だぞ。報告は正確に伝えろ」
私語を聞きとめて、通信士に注意を促すミリオン。
「は、すみません」
「一体、何事であるか」
「実は、我々の基地が攻撃を受けているらしいのです」
「らしいとは何だ。正確に報告しろ」
「それが、基地の通信状態が騒然としていて、正式な報告送信がなされていないのです。悲鳴のような混乱した言葉を、口々にただわめいているといった感じでして」
「それをスピーカーに流してみよ」
「はい」
通信士は、基地からの受電をスピーカーに切り替えた。
『やつらがそっちに行くぞ。迎撃しろ』
『迎撃ってどうすりゃいいんだ(爆音)。な、なんだ。やつら、迫撃砲を撃ってきやがる』
『迫撃砲だと、どこからそんなもん持ち出したんだ。大丈夫か』
『大丈夫も何も……(咳き込んでいる)畜生、催涙弾だ』
『だめだ。これ以上、持ちこたえられん……』
『どうした! 返答しろ』
『……(雑音だけが聞こえる)』
それらの通信を聞きながら呆然としているミリオン。
「どういうことなのだ……一体何が起こっているというのだ」
まるで事態の全容を把握できないミリオンはどう行動すべきかさえ失っていた。
第八番基地。
基地のあちこちから白煙が昇り、催涙弾にたまりかねて士官候補達が次々と投降して出てくる。
外で待ちかねていたゴードンの部隊が銃を構えてそれを取り囲む。もちろん麻酔銃であるから人体に危害は与えない。
「ゴードンの部隊が基地の管制塔を占拠しました」
「成功です。指揮官殿」
「どうやら第一段階は無事終了したようだな」
「はい」
「よし。直ちに作戦の第二段階に入る。後はゴードンの班に任せて、我々の班は敵艦隊の攻略に向かうぞ。総員、艦に戻れ」
「はい」
数分後にアレックス率いる艦隊が基地を後にして発進を開始した。
ゴードンは管制塔からそれを見送っている。
「成功を祈る」
とつぶやいて上空に向かう艦隊にたいして敬礼した。
一方、敵艦隊の艦橋では、苦虫を潰したような表情のミリオンがいた。
「もう一度言ってみろ」
「は、我が基地は完全に敵の手に落ちたもよう。音信不通」
「こんなことが許されていいのか」
ミリオンは身体を震わせながら、敵指揮官がとった作戦を呪った。
「基地に攻撃を加えるなんて今まで一度もありませんよ。だいたい艦隊戦をテストするのが模擬戦の主旨ではないのですか?」
「一般論を説いてみても始まらんさ。常識なんか通用しない」
「しかし、どうしますか。探している艦隊は我々の基地を包囲しているだろうし、引き返すにしても、待ち伏せをしていて奇襲されるのは目に見えています」
「ようし、やつらが基地を攻略したのなら、我々も同じことをするだけだ」
「では、敵基地を」
「そうだ。我々は中間点にいる。今から敵基地へ向かえば、敵より早く基地を攻略できるだろう。全艦、敵基地へ向かえ」
「了解。このまま前進して敵基地に向かいます」
数時間後、ミリオン達は第十二番基地に到着していた。
「敵基地が見えてきました」
「敵の艦隊は近くにいるか」
「いえ、一隻も見当たりません。静かなものです」
「一応、リッキーに基地の様子を見に行かせよう」
艦より一隻の上陸舟艇が降下していく。
「管制塔に到着しましたが、基地には誰一人いません。全員我々の基地攻略に出撃したものと思われます」
「管制塔は正常に機能しているか」
「はい、しているようです」
「そうか、ご苦労だった。我々も燃料補給のために降りる、そのまま待機していろ」
「はい」
「よし、艦隊の半数ずつを順次降下させて燃料補給させよう」
艦隊の半数にあたる艦船がゆっくりと地上へ降下をはじめていく。




