第三章・模擬戦闘 Ⅰ
I
パトリシア達との数次の作戦会議によって、アレックスの率いる模擬戦に参加する艦隊の陣容が固まりつつあった。パトリシアの事務処理能力は完璧に近かった。アレックスが一言口にするだけで、速やかに申請に必要な書類が作成されて軍部に提出され、許可証が交付されてアレックスの手元に届いた。
戦艦七十隻、突撃強襲艦二十隻、攻撃空母三隻、艦載機六十機。
アレックスが指示を出し、パトリシアが手配した艦船の総勢である。
模擬戦に参加させる艦隊編成は、指揮官の配慮によって自由に変えることが出来る。
艦船にはそれぞれ点数がつけられていて、攻撃空母四十点、戦艦二十点、突撃強襲艦十五点、巡航艦十点、空母艦載機一点という具合である。
指揮官は自分に与えられた持ち点を自由に配分して艦船を手配するのである。
また艦船を実際に動かす兵員も確保しなければならないし、参謀の選出も必要だ。
それぞれの艦艇には、元々勤務している熟練者が五分の一ほど従事してくれるが、残りの人数は彼らに指導を受ける形をとる、士官学校在籍の訓練生である。
「パトリシア。早速だけど、今回の模擬戦の作戦について協議したい。午後二時に第一作戦会議室に、各艦の艦長と参謀達を集めてくれないか」
「わかりました。午後二時、第一作戦会議室ですね」
「時間厳守だと伝えておいてくれ」
「はい」
「あ、パトリシア。ちょっと」
「なんでしょう?」
「ところで模擬戦が終わって休暇がとれたら、どこか二人で旅行にでもいかないか?」
「旅行?」
「ああ。模擬戦が終われば実戦部隊に配属されて、君とは当分会えなくなるからね」
「本当にわたしでいいの?」
「言っただろう、君しかいないって」
「わかったわ。一緒に休暇が取れるかわからないけど、その時に」
「そうだ。確実に取れるように、婚約届けを出そう。君さえよければだけどね」
「婚約届けを?」
「いやかい」
「ううん。うれしいわ。あなたが、そうおっしゃるなら」
「悪いけど。婚約届けの書類、君が作っておいてくれないか。書類とかいうのは、昔から苦手でね。届けに必要な二人の保証人は、ゴードンとフランソワがいいんじゃないかな。ゴードンには僕から話しておくから」
「そうね。じゃあ、アレックスのサインを入れるだけで済むようにしておくわ」
「ありがとう。旅行のことは、作戦会議の後でくわしいことを話そう」
「はい」
第一作戦会議室に一同が集まりはじめたのは、定刻にまだ十分前という頃であった。
会議室はまだ開けられておらず、一同は受け付けの前で立ったまま開場を待っていた。受け付けに座るパトリシア・ウィンザー。
「おい、いい加減に開けて入れてくれないか」
「定刻まであと三分ほどあります」
「おい、おい、時間厳守だというから、早めに着たんだぞ。もう十分になる」
「定刻になりましたら、お開けしますので、それまでお待ちください」
パトリシアはアレックスから定刻まで開場しないように厳命されていて、それを忠実に守っていた。一部がパトリシアに詰め寄る場面もあったが、結局定刻を待って入場することとなった。
「危ない、危ない。もう少しで遅刻するところだった」
定刻ぎりぎりに、ゴードン・オニールは到着した。急いで走ってきたらしく、肩で息をしていた。
一同が入場すると、すでにアレックスは着席しており、目を閉じ腕を組んで考え込んでいるような表情であった。
「定刻になりましたが、まだ一名到着しておりません」
「かまわない、扉を閉めろ。その者は模擬戦には参加させない」
一同から吐息がもれた。模擬戦に参加できなければ、その単位をとれなくなり、その他の成績いかんでは士官学校を落第してしまうことになる。
「わかりました」
パトリシアは扉を閉め鍵をかけて、自分の席に着いた。
「諸君、残念なことだが我が艦隊は全滅した」
全員が着席したのを見届けたアレックスは、重厚な口調で言い放った。
「どういうことですか」
「諸君は作戦時間を無視して、定刻よりもはやく集まってきたようだな。中には十分もはやく来たものもいるようだが」
「それは、時間厳守ということでしたので」
「時間を厳守することが、定刻より早く集まることではないだろう」
「それは……」
「諸君は、敵艦隊を奇襲しようとする集合場所に、定刻より早く現れたことにより、敵艦隊にその動向を察知されて逆襲されることになるだろう」
その時、扉がノックされた。定刻に間に合わなかった一人が遅れてやってきたようだ。アレックスはそれを無視して、話しを続けた。
「実際の戦闘というものは、各部隊が共同して作戦に参加して行われるものだ。一分・一秒の作戦時間のずれが勝敗を決する。敵の動きを一秒でも早く察知し、先回りしてこれを叩く。奇襲・待ち伏せ、ありとあらゆる戦術級の作戦においては、作戦予定時間より早すぎては敵に察知されて逆襲されるし、遅すぎては攻撃の機会を失ってしまう」
「それくらいなら知っております」
「馬鹿野郎! それが作戦時間を無視して集合してきたものの言うことか」
「しかし……」
ノックの音はすでにやんで静かになっていた。あきらめて去っていったのであろう。
「いいわけは無用だ。作戦会議が招集された時からすでに戦闘ははじまっているのだ。午後二時に招集がかかれば、早すぎもせず遅すぎもしない、午後二時きっかりに集まらなければならないのだ。自分の時間の管理をできないものに、作戦をたてる能力もなければその資格もない」
「それは言い過ぎです」
「そうかな……我々は士官学校を卒業すれば、いずれ各部隊の指揮官として艦隊運用の一躍をになうことになる。だが、部隊の後方で指令を出すだけで自分は安全圏でえらそうにしている士官になるだけではないのか。それが全滅を引き起こす誤った指令であったとしても、最前線の兵士達はただ従うしかなく最初に戦死するのも彼らなのだ」
アレックスはゆっくりと周囲を見渡しながら、言葉を続けた。
「自らが時間に厳しくなることで、最前線に立たされる兵士達の身になって作戦を立てることができるというものだ」




