9.復帰!
過去の勇者と魔王の戦いは最終的には勇者が勝ってきた。
最終的というのは仮に勇者Aが負けた(死んだ)場合魔王がこの世界を支配し始めるのだけど、もちろん皆が一致団結して戦い抗う。
その間に新たな勇者Bが現れて魔王を倒す。だから時間がかかるけどいずれ魔王は倒され平和がまた五十年くらい続く。
この両者の戦いはこの世界のバランスを保つために必要なものなんだって。この世界で生きる以上定期的にやってくる災害だと思うしかない。
ただ魔王が支配する時代は絶対長く続かない。魔王の存在はこの世界にとってイレギュラーなのだ。
私は健人の最新ステータスなどをレンゾルに報告していた。創造神の件は健人と約束したから内緒にするけど。
今回の魔王はかなり強いらしく健人だけでは太刀打ちできないだろうと女神に言われたそうだ。神は直接この世界に介入はできないけど魔王の動向はずっと注視していたから大体の強さを把握している。もし健人が負けたなら次の勇者が現れたとしてもまた負けるって。健人は女神がこの数百年で見つけた人間の中で最高の適任者だそうだ。だからレベルも298という人外じみたものになった。
これ以上の適任者が現れることはまずない。だとするとこれからずっと魔王が支配する時代が続いてしまう。それはこの世界の在り方としては良くないのだ。
神様も大変だよね。色々な制約がある中でなんとかしなくてはいけないのだから。魔王が誕生するちょっと前に異世界で死にそうな勇者適合者を探すってなかなか出来ないと思う。
なぜ勇者が異世界人にしかできないのかは未来永劫解き明かされることはないと思うけど、願わくばこの世界のことはこの世界の人間だけで解決できるようになればいいな。
考えてみると、健人は下手すればすぐに命を落とすことを覚悟でやって来たんだよね。
その心中は複雑だろうな。あれ?私健人と今結婚なんてしたら未亡人確定ってこと?
死ぬ確率が高いのに私を口説いていたのかあいつは。家まで建てて。
でも、悪いことばかりではなかった。
健人の話では切り札が用意されているはずだって。
確定の話じゃないのは、女神もその切り札が何なのか今一確証を持っていなかったからだ。
勇者が健人以外にもいるのかなって思ったけど、勇者は時代に一人しかこの世界に入ることができないって。人数枠の制限があるなんて不思議。
そして魔王が誕生したときは健人以外にもいる転移者も戦いに協力してもらうことになっている。それも転移の条件に入っているから、多額の慰謝料を私に齎してくれた弁護士さんも戦いに参加するそうだ。
こんな話この世界の人間の大半は知らない。実際知る必要はないよね。そんな小難しいことが裏で起きているなんて知ってたら、楽しく人生を全うできない気がするもん。ギルド職員でも知らない人は知らないしね。私は健人と関わったことで知ることになったけど、魔法契約で他人には漏らせないようになっているから広まることはない。
一般には自分が生きている間に魔王が誕生したら運が悪かったって笑って人生を全うしてもらえればいいんだと思う。
私にとって大きな収穫は創造神のことだ。
健人が教えてくれた創造神の名前はアンギュラス。
何故大きな収穫かというと、私の加護の手がかりになったから。
レベル 202
適性 聖魔法士
魔法属性 聖 水 風 土
スキル 鑑定 料理 浄化 同調 顕現アンギュラス(封印中)
加護 アンギュラスの贖罪
私の加護は創造神の加護だったみたい。すごいけど何故一般に知られていないのかな。それに普通だと「○○神の~」って頭に付くと思うんだけど私の加護には創造神という文字はない。おまけに加護なのに贖罪ってどういう意味なんだろう。顕現スキルもずっと封印中で使えないしね。仮に封印が解けたとして使っても良いのかな。字面をそのまま解釈したら創造神が顕現しちゃうってことでしょ?
まだまだ謎なステータスだけどこのまま健人といればいずれ分かりそうな気がした。どうしてもってなったら健人にお願いして女神様に聞いてもらうのも有りかなって思うし。
それにしても切り札、か……。
十分な静養を経たあとで申し訳なかったけど結局私はギルドを退職した。
お金ならたんまり有るし健人もこの世界に慣れて厄介ごとを引き起こすことも少なくなったからだ。
でも勇者としての健人を誰かが支えなくてはならないため、国の転移者支援課から直々に私に声が掛かった。ゆっくりしようと思っていたけどそれは甘い考えだったようだ。
健人の手綱を握れるのは私だけだって、支援課のトップの方が土下座してお願いしてきた。
確か王女の件は平和的に解決したって言っていたけど、この様子を見る限りとてもそうは思えなかった。
転移者支援課に所属するけど職場はギルド。出向扱いだね。なにせ健人が普段は冒険者として活動しているから支えるには近くに居なくてはならない。
「そういう訳で今日からまたよろしくお願いいたします!」
「おお!なんだかんだで復帰だな、おめでとう」
「マーシャちゃん、お帰りなさい」
解体職員さんと先輩受付嬢たちに囲まれた久しぶりのギルドは本当に懐かしい。まるまる一ヵ月休んだからね。ばっちり労災扱いですよ!健人が例の弁護士さんに依頼してレンゾルをコテンパンに……ふふふ。
「さて、仕事と言っても私は健人の専属だしどうしよう」
やることは健人に関するのであればこれまでのギルド受付けスタッフとしての業務もできるけど、勇者として本格的に動くのはまだ先だし。ぶっちゃけ依頼を終えて健人が帰ってくるまでやることが無い。それなのにお給料はギルド職員時代の倍!
もう勝ち組ですわ、ほほほ。
「マーシャ、挨拶は済んだのか?」
いつの間にか目の前には健人がいた。
「うん。健人は今日何の依頼受けるの?」
「いや、今日は特に何もしないから一緒に帰ろう」
「え!?」
「いい依頼が無くてさ。俺が仕事しないならお前が居ても仕方ないだろ」
確かに……。え、これでお給料もらえるなんていくら何でも申し訳ないわ。
隣では今のやり取りを聞いていた先輩受付嬢が目を見開いて驚いていた。
申し訳ないとは思うけどこれが私の仕事なのだ。
「お疲れさまでした!」
出勤して五分。笑顔を振りまいてギルドを後にした。
真っ直ぐ帰ろうかと思ったけどせっかくだから買い物をすることにした。
何気に健人とこうして町をぶらぶらするのは出会ってから初めてだ。
最初のうちは健人に振り回されて家には寝るために帰るだけのような生活が続いたし、その後は寝込んでいたしね。
せっかくだから商業地区に移転した雑貨屋さんを見に行くことにした。挨拶もできなかったからね。
歩いて行くには少し遠かったけど私のリハビリを兼ねて二人で歩くことにしたのだ。
「ねぇ」
「んー?」
「手を繋ぐ必要ある?」
「まだ体力も完全じゃないし人混みの中だと危ないだろ」
ごもっともなんだけど、恥ずかしい。あー、手がムズムズする。
「それにお前と今までデートできなかったからな。たまにはいいだろ、こういうのも」
甘酸っぱい!何この恋人みたいなやり取りは。無駄にドキドキしてくるよ。
健人を見る。手を繋いでいるだけで健人は本当に幸せそうな顔をするんだね。
よくよく周囲を観察するとすれ違う女性が明らかに健人を意識しているのが分かる。
転移してきて二カ月弱。逞しさの中にまだ少年のようなあどけなさが見える好青年は珍しい顔立ちも相まってミステリアスに映るのかも知れない。
でもそんな女性たちに言いたい!こんななりだけど中身は四十一歳なんだよ!
「ははは」
そんなことを考えていると徐に健人が笑った。
「どうしたの?」
「んー、ちょっと思い出してさ」
どこか遠い目をしているのは昔のことを思い出してるのかな。
「なんかお前って俺の初恋の子に似てるんだよな」
何ですと!?
「付き合ってたの?」
「んーん。結局好きだって伝えられなかった」
「そう……」
ちょっといじめてあげようかと思ったんだけど、初恋を語るにしては悲しそうな瞳に何も言えなくなった。今でも好きなのかな。
複雑だな。私のこと好きとか言っておきながら初恋の子に似ているとか言いだされたらどうしたらいいの?それ私自身のことが好きな訳じゃないって言っているようなものじゃないの。
いくら私でも傷つくことは傷つくのだけど、男はこういうことに疎いのかな。
ここまでお読みくださりありがとうございます。