2.気に入られる
「おはよう、マーシャ」
「……おはよう、健人」
にこにこ笑顔で階段を降りてきた異世界転移者の健人。
テーブルの上に用意された朝食を見て目を輝かせている。
「へぇ。正直食事には期待してなかったんだけど、元の世界と変わらないな」
そう。用意したのは日本人である健人の主食であるお米!ふっくらご飯に焼き魚と味噌汁だ。
「言ったでしょ。健人以外にも転移者がいるって」
世界中に散らばっている異世界転移者。
この転移者の中にはとてつもなく食に煩い者が多い。
この世界は昔とても料理が不味かったと聞くけど、私が物心ついた頃には転移者が広めた料理ばかりだったのでその不味い料理はほぼ淘汰されていた。それでも一部郷土料理とか罰ゲーム料理として残っているものがある。一度好奇心に負けて口にしたけど、泥でも食べているのかと思うくらい不味くて結局吐き出して終わった。
郷土料理として残す価値すらないよ。全部罰ゲーム用で括って欲しい。
それはさておき、昨日うっかり拾ってしまった厄介者は何故か私の家に泊まることになってしまった。
もうすぐここベルドランド国の建国五百年を記念して大規模な建国祭が開かれる。そのための大掛かりな工事などで職人が集まり宿は空きがない状態が半年以上続いているのだ。
私が住んでいる所は借家ではあるが一人で住むには広めで六畳の個室が二つに十二畳ほどの居間と小さな台所、さらにはトイレとお風呂場も付いている優良物件。
個室の一つはたまに泊まり掛けで遊びに来る友人のために客間として使っていたため、問題なく健人を泊めることができてしまった。
森を出た後は真っ先に私の職場でもある冒険者ギルドへ行き、一先ずギルドマスターに異世界転移者を保護したことを報告。
ギルドマスターのレンゾルを含めて三人で健人のこれからの処遇について話し合ったのだ。
健人には大きく二つの選択肢がある。国に保護を求めるか、このまま一般人として生活をするかだ。
国に保護を求めれば無条件で爵位を貰うことができる。ここは貴族社会だからね。
保護を受けると住む家も貰えるし毎年一定のお金も支給されるのでバカなことをしない限り一生安泰となる。
これは異世界に来て右も左も分からない彼らを手厚く保護するという名目ではあるけど、実際は国で囲って異世界の技術や知識をこの国のために使ってもらうのだ。
ここより数倍も発展した世界から来た者を易々と他国に奪われないための措置である。
国に保護を求めない場合は自力で生きていかなくてはならない。仕事を見つけて自分で稼がなくてはならないのだ。
元々高度な教育を施されている異世界人はあまり苦労せず仕事にありつくことができる。積極的な者は真新しい商売を始めて瞬く間に大商人になったりする。その人たちのお陰で私達の生活も向上したんだから有りがたいことだ。
あとは結構憧れがあるのか危険が伴う冒険者になる者も多い。
こちらは体一つで一攫千金狙いの脳筋が多いのかな。数ある迷宮に潜ってお宝をゲットするんだけど、危険であることを伝えて出来るなら町で職を見つけるように職の斡旋もしている。転移者って何と言うか楽観的?そんなにステータスも高くない人があまり臆することなく迷宮に行くから、こちらとしては心臓に悪い。
まあ、元の世界では経験できないからって本人達が納得して楽しんでいるからそれはそれでいいのかも。
ただ神様に気に入られたりすると信じられないステータスを持ってこの世界に来る転移者が稀にいるから注意が必要だ。
保護を求めない場合でも一応は国へ報告が必要だけどこの場合、国が無理やり介入してくることは皆無と言っても良い。問題を起こさないうちはだけどね。
勿論私は健人に国へ保護を求めることを勧めた。それはもう推しに推しまくった。
でも健人の答えは「マーシャと離れたくないから一般人として生きるよ」だった。
何で!?出会った時に捨て置こうとしていたのに。自分で言うのもなんだけどひどい仕打ちをしたのに、どこを気に入られたのかさっぱり分からない。
健人の言葉にニヤニヤ意味深な笑みを浮かべていたレンゾルが私を更に追い詰めた。
『だったらマーシャ。お前が責任持って健人の面倒みろ。これもギルド職員としての経験だと思えばいい』
『ちょっ!何言って……』
『流石ギルドマスター。よろしく、マーシャ』
そうして私を除け者にして二人はガッチリと握手を交わし互いに頷き合っていた。あの僅かな時間で何を分かち合えたのかは分からないけど、これで当分厄介者のお世話をすることが決定的となった。
「今日はどうするんだ?」
器用に魚の骨を取り除きながら健人が聞いてきた。
昨日はレンゾルとの話し合いだけで終わってしまったからまずは健人の冒険者登録をしなくてはいけない。後はこれからの生活に必要になる物を買わないとね。これはぼちぼちでいいかな。
ただ、私としては勿体無いと思っているのだ。健人は元の世界では四十一歳だったのだが、こちらに渡って来たときに神様の計らいで二十歳に若返らせてもらえたそうだ。
そして元の職業は教師だったという。若くて教養があるなら貴族の子供達の家庭教師としての需要もある。こちらは危険もなく賃金もかなり良い。
と言うか神様ってそんなことも出来るんだ?だったら私の時間を戻すことも簡単なんじゃ……。切実に昨日の朝まで時を戻して欲しい。神様、私と会ってくれないかな。
「しつこいけど、本当に冒険者になるの?もっといい仕事あるわよ」
「でもマーシャは冒険者ギルドに勤めてるんでしょ?」
「そうだけど」
私が冒険者ギルドで働こうが健人には関係ないことなのだけど。
「昨日、ギルドマスターが言ってたけど、受付けの人って担当する冒険者が活躍すると評価があがるんでしょ?俺絶対有望だよ。何てったって転移特典もあるからね。活躍間違いなしのお得物件だよ」
それを言われちゃうと弱いんだよね。どうやら健人は神様に気に入られた高ステータス保持者らしいのだ。
私以外の受付担当は五年以上働いているベテランで勤務歴は私が一番浅い。そのせいで担当冒険者もまだ少なくその上ギルドのランクが低い者ばかり抱えているから評価としては可もなく不可もなくと言ったところ。
頑張り次第では基本給に成果給があるけど私は一度しか貰ったことがない。
基本給だけでも問題ないし狩りで得た分もあるから私としてはそこまで躍起になる必要は無いのだけど、それなりの評価を貰いたいと思うのは誰でも同じだよね。
「でも私のために危険な仕事を選ぶ必要は無いのよ?」
「大丈夫さ。まぁもしダメならその時に考えても遅くないだろ。せっかく異世界に来たんだしやっぱり冒険者になるのは定番でしょ」
あれ、健人も能筋の類いだったのかな?見た目体格がいいとは言っても普通の成人男性をちょっとだけ筋肉質にしたような感じであまり変わらない気がするし、いつも私が見ている厳つい冒険者達とは質が違うのだけど。着痩せしてる?
「ねぇ、教師やってたって言うけど何を教えてたの?」
「ん?俺は保健体育」
「……」
なるほど。微妙。